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PM2.5濃度減少とCO2濃度増加の組み合わせは地球温暖化最悪シナリオ

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
CO2濃度が高い状態でPM2.5濃度を下げた場合の気温上昇

大気汚染対策をすると地球温暖化が加速

人間が石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料を使用したり、焼き畑や山火事を起こしたりすることによって大気中に排出されるPM2.5は、大気汚染物質であることは知っているかと思います。このPM2.5は、健康に悪影響を及ぼしている一方で、実は、地球温暖化をいくらか抑えてきたという事実があります。PM2.5の濃度が高いと、大気が白く濁りますね。この現象は、太陽光をたくさん散乱していることで起こります。その結果、地表面まで届く太陽光のエネルギーを減らしていることになります。また、PM2.5には、雲による太陽光の散乱を増やす効果もあります。これによっても、地表面まで届く太陽光のエネルギーが減ります。地球が受け取るエネルギーが減るということは、気温が下がるということです。この仕組みをもう少し知りたい方は、「PM2.5が引き起こす気候変動」を読んでみてください。

一方で、世界合計のCO2排出量は、増加し続けています。重要なことは、CO2は大気中に排出されてしまうと、数十年は大気中にとどまるということです。大気汚染物質は、対策をすればすぐに濃度低下の効果が現れますが、CO2は違います。排出量が今後減少傾向に入ったとしても、大気中の濃度は増加し続けて、温暖化は続きます。大気中のCO2濃度の実測値が、現在でも加速度的に上昇していることを、すべての人が直視しなければなりません。是非、リンク先のグラフをご覧ください。通常、CO2濃度は、180ppmから280ppmの間を、氷期と間氷期のサイクルで10万年ぐらいかけて変化します。現在のCO2濃度は、その変動幅を振り切って、410ppmです。たった約200年間で、CO2濃度は約1.5倍になりました。ヤバいです。

一方で、日本を含めた先進国は、健康への悪影響を取り除くために大気汚染対策を行って、PM2.5濃度をかなり下げました。上の説明をきちんと読んだ方はお気づきでしょう。PM2.5濃度を下げるということは、地球温暖化を抑えていたものを取り除くことに他なりません。その結果、地球温暖化は一層加速します。PM2.5の濃度は下がって、CO2濃度は上がり続ける現状。地球温暖化の観点に立つと、先進国はダメなことをしてきたことになります。

PM2.5除去による気温上昇はCO2濃度が高いほど深刻

昨日(2020年12月10日)付で、私の最新論文が公表されました。

Return to different climate states by reducing sulphate aerosols under future CO2 concentrations

原文は専門的過ぎるので、以下のプレスリリースをお読み頂ければと思います。

PM2.5削減とCO2濃度増加により地球温暖化は急拡大することを解明

また、本日(2020年12月11日)のいくつかの紙面で、この研究が紹介されています。

PM2.5対策「CO2削減を伴わないと地球温暖化加速」 九大まとめ

PM2.5削減で気温上昇 温暖化と大気汚染「対策両立を」 九大主幹教授

今後は、大気汚染を軽減するために、新興国や途上国でもPM2.5濃度を減らしていくことになり、その結果、気温は上昇します。この研究では、PM2.5の主要物質の濃度を減らす場合、同じ量を減らすのでも、CO2濃度が高い状態で減らすと、気温の上昇は大きくなってしまうことを示しました。

つまり、この研究からのメッセージは、PM2.5を減らすのだったら、CO2も絶対に減らさなければならないということです。そうしないと、地球温暖化がさらに深刻なものとなります。日本を含めた先進国は、それをしてきませんでした。だから、せめて、CO2を減らす行動を実行に移してみませんか。

気候変動に関する科学的に正しい認識を持つことが大切

最後に、今回は、気になっていたことを、あえて強めに書かせてもらいます(普段は科学的知見を淡々と綴っています)。

温室効果ガス、昨年は過去最大 ペース継続なら3度温暖化へ=国連

このリンク先の記事のコメント欄に限りませんが、最近は少しずつ減っているように思うものの、現在の地球温暖化の状況や、CO2による地球温暖化を否定的に認識しているコメントが多くて驚きます。あたかも科学的なことを知っていますよ、といった雰囲気を出しているコメントがありますが、気候変動が定量的にどうなるかということは、気候変動の専門家が毎日研究を積み重ねて、ようやく分かってくることです。他の研究分野でもそうですよね。否定的なコメントは、専門家が蓄積してきた気候変動の知識を断片的に取り出して、都合のよい解釈をしているに過ぎません。聞きかじった知識だけで新型コロナウイルスのワクチンが作れますか?それと同じことです。また、専門家はこのことを考えていない、というコメントもありますが、たいがいはそのことを研究している専門家がいて、その研究成果を学術誌で公表しています。なぜなら、それをコメントしている方は、すでに知られている知識をどこかから持ってきて書いているわけですから。

「気候変動の専門家」から得る知識をもとに、地球温暖化の正しい認識を持ちましょう。気候変動の問題は、少なくとも今後数十年は続きます。その世界を生きていくのは現在の若者です。したがって、教育を通して、小学生・中学生・高校生・大学生に気候変動の正しい認識を持ってもらうことが極めて重要です。

私は、普段は大学生や大学院生の教育に携わっていますが、社会貢献の1つとして、主に高校生をターゲットとした無料のオンライン講座「気候変動と大気汚染の入門」を開講することになりました。気候変動に興味を持っている中学生でも、おおよその内容は理解できるのではないかと思います。気候変動の科学についてまとまった話を聞いたことのない大学生にも、もちろん参考になると思います。若者に正しい知識を持ってもらうための一助になれば幸いです。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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