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ソニーグループ収益拡大に不可欠のエンタメ事業 映画会社の存在意義

武井保之ライター, 編集者
スパイダーマンの宿敵を描く『モービウス』(4月1日全国公開)

 ハリウッドメジャースタジオの日本法人であり、ソニーグループが提唱する“One Sony”の一翼を担う映画会社であるソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPEJ)。昨年1月にソニー本社からSPEJ代表取締役に着任した冨田みどり氏は、最先端エレクトロニクス技術の活用や社員の交流促進などグループ内の連携をより強化することで、スタジオとしての差別化を図る。

■グループの連携強化がスタジオの優位性を生む

 グループ全体で「One Sony」を掲げ、グループ会社間の連携から付加価値を生み出し、シナジー効果をより発揮することを注力課題としているソニー。冨田氏は2016年からソニー本社でグループ全体のブランド戦略を担い、2021年1月よりSPEJ代表に着任。グループ内の連携強化をそこでの重要ミッションに掲げる。

「連携にはいろいろなことがありますが、例えばソニーグループが開発している最先端技術の実験的な試行も含めた活用があります。ここ十数年ほどでエンタテインメント事業がグループ全体にとって今まで以上に重要な位置づけになっていることからも、その機運はより高まっています」

 この1年間で手がけてきた連携施策からは手応えを感じており、すでにその成果も表れはじめているという。実際に映画制作過程においてさまざまな新たな技術導入が進んでいる。

「技術においては、身につけたデバイスとその信号を処理するバイタルセンシング技術と、取得した信号の変動に基づいて人の情動の変化を推定する情動推定技術を組み合わせて、作品評価に使う実験が進んでいます。映像制作では、多数のカメラで撮影した人や場所を3次元デジタルデータに変換し、高精細画質で再現するボリュメトリックキャプチャ技術が取り入れられています。これにより、カメラがない視点の映像を生成し、実際には見えるはずのない場所を映像化することが可能になります。

 こういった技術のタネはもともとソニーにあって、いまは映画で積極的に利用するようになっています。SPEJはハリウッド映画を扱うだけでなく、ローカルコンテンツ製作もしており、そこにグループの最先端技術を取り入れていき、願わくは映画界で初、日本で初めてとなることをやっていければと思っています」

■劇場公開数減も巣ごもり需要でウイズコロナ間の業績は好調

 冨田氏が代表に就任してからの1年間も、映画館が閉鎖される時期もあるなど引き続きコロナが映画界に暗い影を落とした。エンタテインメント界では業種によって業績への影響に明暗が分かれているが、同社にとっては必ずしもマイナスだけではなかったようだ。

「映画に関しては、公開本数が大幅に減りましたが、そのぶんマーケティングコストも下がりましたので、ボトムラインはそれほど落ち込むことはありませんでした。一方、コンテンツ配信を中心とするビジネスは巣ごもり需要もあり好調です。

 グローバルでの業績としては、コロナ前の19年から21年まで増益を続けており、好調に推移しています。今年は劇場公開作品が本格的に戻るうえ、期待のハリウッド大作が続きますので、忙しい1年になりそうです」

 さらには、コロナがあったために会社にとってはポジティブに働いた側面もあったという。冨田氏は「劇場公開は大きく滞りましたが、制作は止めないように工夫しました。コロナの制限がある状況だからこそ活用が進んだ技術もあります」と前を見据える。

「例えば、劇場の音響をヘッドフォンで忠実に再現する360バーチャル・ミキシング・エンバイロンメント。ソニーとSPEで10年以上かけて開発してきた技術ですが、これを使用することで、スタジオのサウンドエンジニアやサウンドミキサーは調整室のミキシング機器を使わず、自宅で同クオリティの音響制作が可能になりました。

 映像制作で活用されたのは、ソニーPCLのバーチャルプロダクション。ソニーのCrystalLEDという高精細ディスプレイユニットをくみ上げて巨大なディスプレイをつくり、そこに映し出される映像とそこで撮影するカメラの動きが連動するようになっていて、あたかも実際の場所にいるかのように撮影ができます。これまではグリーンバックで芝居を撮影し、あとから風景を合成処理をしていたこともありますが、この技術を使うと撮影現場で完成形を認識して制作できますし、後処理にかける時間も圧倒的に短くなります。コロナに影響を受けているクリエイターをサポートするために発足したプロジェクトによるオムニバス映画『DIVOC-12』(21年10月1日公開/U-NEXTにて配信中)にて、上田慎一郎監督作品の『ユメミの半生』で使用されました」

■フレキシビリティを優先する配信での独自スタンス

 近年の映画界がその存続と未来への発展をかけて向き合っている喫緊の課題が、興行と配信の問題だ。コロナ禍で動画配信サービスは一気にシェアを伸ばし、日本でも多くの人たちが自宅のテレビで映画を観ることに慣れた。

 アメリカではすでにSPE以外のメジャースタジオはそれぞれのメディアグループの配信プラットフォームを持ち、そこへの独占または優先的な自社コンテンツ提供が行われている。そんな時代の荒波のなか、SPEは独自の立ち位置を築いている。

「他スタジオが自前のプラットフォームを持つなかで、独立性のあるスタジオでいるのがSPEのスタンスです。それが逆にユニークな存在になっています。その背景には、どこにでもコンテンツを売れるフレキシビリティがあるべきという考え方と、劇場に対するコミットメントがあります。

 現在のように配信によって自宅で映画を観られる時代にこそ、劇場でのすばらしい映画体験を提供する作品を作ることが、映画会社にとって重要です。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は今年の洋画シーンを代表するヒットになりそうですが、作品の力があれば劇場に観客が来てくださることを証明しています。スタジオの方針は今まで通り劇場を優先していくことです」

■映画事業の新基軸 洋画のグループ連携推進&邦画の制作強化

プレイステーションのゲームIPの実写映画化となる『アンチャーテッド』(提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)
プレイステーションのゲームIPの実写映画化となる『アンチャーテッド』(提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)

 コロナによって滞っていたSPEJの本業となる映画興行だが、今年は幸先の良いスタートを切るとともに、この先も充実した編成が控えている。洋画邦画ともにシーンの復興をけん引していく存在になりそうだ。

「洋画はウィズもアフター(コロナ)も良い作品をお届けすることに尽きます。そのための新機軸がいくつかありますが、ひとつは前述のグループ連携につながるプレイステーションのゲームIP活用です。今年2月に劇場公開された『アンチャーテッド』から始まり、『Ghost of Tsushima』『Twisted Metal』『The Last of Us』など次から次へとゲームIPの映画化、テレビドラマ化が続きます。

 もうひとつは、SPEが映画化権を持つスパイダーマンの関連キャラクターの映像作品化。そのひとつが『ヴェノム』ですでに2作公開していますが、次が『モービウス』(4月1日公開)。これらをシリーズ化し、スパイダーマンの世界を広げていく予定です。

 邦画制作に関しては、今後さらに力を入れる方針です。コロナ前も年間2〜3本ほどありましたが、22年はコロナによる公開延期の影響もあり、公表しているだけで『極主夫道』『キングダム2 遥かなる大地へ』『バイオレンスアクション』『ヘルドッグス』『耳をすませば』『アイ・アム まきもと』と6本。23年以降も引き続き着実に取り組んでいきます」

 一方、ソニーグループの一員であるSPEJだが、グループ外の異業種との協業も積極的に行っている。事業としても、映画だけではなく、放送やディストリビューション等の組織においても新たなビジネスの創出を視野に入れて、アフターコロナのネクストステージを見据えている。

「例えば、Jリーグ・横浜Fマリノスの30周年記念ビデオの制作を行ったり、SPEJグループのアニメ専門チャンネル『アニマックス』が大規模ライブイベント『ANIMAX MUSIX』を開催していたり、事例は数多くあります。

 SPEJに来てから、それまでご縁がなかった業種の方々とご一緒させていただく機会も増えています。これからは新しいビジネスは手がけていかないといけない局面です。こちらにも注力していきます」

『モービウス』(4月1日全国公開)(C)2022 CTMG.(C)& TM 2022 MARVEL. All Rights Reserved.

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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