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Ado、藤井風ら輩出する最大手音楽外資、若年層ヒット創出に方程式なし【前編】

武井保之ライター, 編集者
『第72回NHK紅白歌合戦』でMISIAとの共演も話題になった藤井風:提供UM

 世界最大の契約アーティスト数を誇る音楽会社・ユニバーサル ミュージック日本法人(UM)の舵を取るのは、2014年に46歳で社長に就任以降、8年連続で増収を達成する藤倉尚氏。音楽市場が年々縮小するなか、「うっせぇわ」のAdoやNHK紅白歌合戦で話題になった藤井風などデジタル世代の若手アーティストの発掘・育成に成功し、若い世代向けのヒットを連発。コロナ禍でも業績を伸ばし続けている。

■フィジカルとデジタルの両軸で成長した2014〜2020年

 2020〜2021年の2年間は大規模なコンサートやイベントがほぼ開催できず、コロナの影響がライブ・エンタテインメントを中心に音楽業界に大きな影を落とした。それまで順調に業績を伸ばしてきたUMの状況について、藤倉社長はこう語る。

「音楽業界全体で見ると、コンサートビジネスの市場規模が2019年から2020年で8割減という大きなダメージを受けました。弊社でもコンサートのほか販売イベントや握手会ができなくなる影響はありましたが、コロナ前からCDやDVD・ブルーレイなどの『フィジカル』とストリーミングやダウンロードの『デジタル』の両軸経営を進めてきた結果、2019〜2021年も業績を伸ばすことができました。

 コロナで外出できない、人に会えない時間は、アーティストにとっては自分に向き合う創作の時間が増えることになったんです。コンサートはできませんでしたが、そのぶんシングルやアルバムなどのリリース作品数は、当初の予定より増えています」

 この間には、リアルのコンサートができなくなるのと同時に、オンラインライブやサブスク音楽配信などが一気に普及し、消費者はデジタルで音楽を楽しむことにすっかり慣れた。いまだフィジカルのパッケージ文化の根強い日本の音楽ビジネスだが、いよいよその利益構造が本格的に変わりはじめているのだろうか。これに対して藤倉氏は異を唱える。

■コロナは音楽業界のチャンスを広げた

「これまで同様にフィジカル、デジタルともに売上は伸びており、コロナで短期的にコンサートや物販などの売上シェアが上下したとしても、利益構造自体が変わるということではありません。リアルのライブができないなかでオンラインライブを試みて、ファンは喜びました。これからは会場に行けなくても、家で楽しむ方法ができたということ。音楽業界としてもチャンスが広がりました。デジタルが浸透していくのは、音楽を伝えるツールが増えたと考えています。両者は共存していくものであり、この先も音楽業界は両軸で成長していけると確信しています」

 同社の2014年から2020年の業績を比較すると、デジタルのみならずフィジカルの売上も伸びている。この間フィジカルの市場が24%減(※)となるなかで特徴的だ。そこで取り組んできたことを聞くと「我々は創業130年になる音楽会社ですが、一貫して変わらないのはアーティストを発掘し、世に送り出すこと」(藤倉氏)と自信をのぞかせながら、注力してきた“ふたつの運営”方針を明かす。

「単純な話、新しい才能を探し続けるのはレコード会社として世界共通の使命です。そして制作。見つけたアーティストをどういうクリエイティブでどうマーケティングして世に送り出すか。フィジカルとデジタルというターゲットが違う商品フォーマットをふたつの会社を運営するかのようにそれぞれを徹底的に追求しています。両方が成立するアーティストもいますが、アーティストによって方向性を定めます。それが業績につながっているのではないでしょうか」

■デジタル世代ヒット創出の秘訣はSNSに並走し介入しない

メジャーデビュー曲「うっせぇわ」が社会的ヒットとなったAdo。1stアルバム『狂言』が1月26日に発売された:提供UM
メジャーデビュー曲「うっせぇわ」が社会的ヒットとなったAdo。1stアルバム『狂言』が1月26日に発売された:提供UM

 アーティストがSNSを含め自身のメディアを持てる時代となって久しい。いまやレーベルに所属せずとも個人で音楽活動ができるなか、音楽会社の存在意義も以前とは変わっている。藤倉氏は「デジタルの時代になり、レーベルが不要かと問われれば、アーティストによって必要な場合もあれば、そうでない場合もある」と明言する。

「レーベルの要不要を一概には言えません。まさにアーティストがレーベルを選ぶ時代です。自身ですべてをやれば100%収益を得られるのに、敢えてレーベルと一緒にやりたいと思う何かがあるのか。アーティストに価値を提供し、パートナーシップを結べるレーベルが生き残っていきます」

 では、UMがアーティストから選ばれる強みや特徴とはなにか。藤倉氏はそのひとつを「海外に一番近いレーベルであること」と語る。

「BTSが韓国、日本、アジアからアメリカでもヒットチャート1位になっているほか、音楽家の久石譲さんの曲が世界中で聴かれているなど、国境や言語、人種を超えたヒットを創出していますが、日本で多くの人に聴いてもらいたいし、世界にも進出したい。それは自分ひとりではできないけど、ユニバーサル ミュージックとならやっていける。それが選択肢のひとつになるかもしれません。

 アーティストによって契約形態は千差万別ですが、自分たちのスタイルややりたいことを明確に主張する若いアーティストもたくさんいます。それも尊重しています」

■大人が作った仕掛けを嫌う若手アーティストたち

 そんなUMからは、ここ最近でもAdo、藤井風、ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。といった若手アーティストがヒットを連発。誰もが音楽を個人で発信できるデジタル全盛の時代にあって、そこからの新たな才能の発掘・育成において業界の先陣を切る存在になっている。

「我々も百発百中ではありません。ただ、近年デジタルからの発掘・育成で成功しているとしたら、彼らの発言とかやりたいことをできるだけそのままの形で伝えていることがあります。アーティストも若い世代のファンも、大人が作った仕掛けを嫌います。これまでの売り方が通用しないんです。従来のような大々的なプロモーションを打って、多くのメディアに露出させても若い子たちは反応しない。そうではなくて、自分たちはなぜこの作品をこういう形で世の中に伝えたいのかをSNSから彼らの言葉で発信していくんです。

 だからといって我々が何もしていないわけではない。どうすればより理解してもらえるか、より世の中に伝わりやすいかということを考え、アーティストの言葉、心がそのまま伝わるということをしっかりやろうとしています」

 SNSはアーティスト個人の発信ツールになる。そこにビジネスとしてどう介在していくのかを聞くと、独自のスタンスを明かしてくれた。

「SNSをうまく活用しているつもりでも、実は大人が入るとファンの心にはまったく刺さらない。我々はずっと並走しているイメージです。今の音楽業界の方が、彼らから学びながらやっているのが正確なところ。ただ、さまざまな知見やものの考え方、捉え方など、たとえば炎上しないようにアドバイスすることはあります。昔の新人にしていたような話す言葉や内容の制限などは一切ありません。そういうこと自体がファンを離れさせてしまいますから」

■【後編に続く】躍進の裏に外資系企業では異色の経営戦略

音楽家・久石譲さんの曲はコロナ禍で世界中で聴かれた:提供UM
音楽家・久石譲さんの曲はコロナ禍で世界中で聴かれた:提供UM

※市場規模は日本レコード協会調べ

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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