あれから3年。ロコ・ソラーレがこだわる「世界レベルの準備」と残り1年を切った北京五輪への道

今季、石崎琴美(右端)を迎えたのも世界に挑む大きな「準備」だ(C)JCA IDE

 平昌五輪前後あたりから、ロコ・ソラーレのメンバーが「準備」という言葉を多用するようになった。

「国内のトップチームと戦うための準備不足でした」

(2019年2月吉田知那美/日本選手権決勝で中部電力に完敗後)

「4人制ではみんなで相談しながらショットを決めるけれど、ミックスでは投げる前に自分で全部、情報を整理して、準備してから投げないといけない。当たり前のことなんですけれど改めて勉強になりました」

(2019年3月鈴木夕湖/自身初となるミックスダブルスに挑戦して)

「もちろん残念ですし、悔しいシーズンではありました。でも、世界選手権(2016年/カナダ・スウィフトカレント)で銀メダルを獲った次のシーズンも大失敗のシーズンだんですよ。だから平昌五輪を終えた後に『こういうこともあるだろう』という心の準備的なものはなんとなく持ってました」

(2019年5月吉田夕梨花/タイトルを獲得できなかったシーズンを振り返って)

「事前準備が勝因です」

(2020年2月藤澤五月/軽井沢での日本選手権で4年ぶりの優勝を決め)

2019年5月、平昌五輪明けの2018/19シーズン最終戦をW杯ファイナル(北京)で終える。「結果が出なくてもどかしい気持ちはあったけれど、長いシーズンを終えた安心のほうが大きいです」(吉田知)
2019年5月、平昌五輪明けの2018/19シーズン最終戦をW杯ファイナル(北京)で終える。「結果が出なくてもどかしい気持ちはあったけれど、長いシーズンを終えた安心のほうが大きいです」(吉田知)

 カーリングは4人というさほど大きくない人数で組むチームスポーツであるため、チームの新設や選手の移籍が割に活発だ。特に4年に一度の五輪前後は、チームを組み直す節目になりやすい。

 そんな中でもロコ・ソラーレは平昌五輪を終えて、上記4選手の構成のまま再び世界の頂点を目指す選択をした。刷新より成熟を、再編より改良を。まずはどうしたらトップに辿り着けるのか。それを逆算して具体的に考え抜くことに注力してゆく。

 その結論のひとつが「世界一の準備」だ。

 昨季終盤から今季にかけた期間だけでもその「準備」のディティールは多岐に渡る。

 まずはスケジュールだ。新型コロナウイルスの影響で、昨季終盤から数々の変更を余儀なくされている。昨季の世界選手権やグランドスラムが中止となり、今季に入っても海外遠征やツアー参加が制限された。日本代表として出場予定だった11月のパシフィック・アジア選手権も中止に。日本選手権は首都圏で初の開催が決まっていたが、春には開催地の変更が決まっていた。

「もちろん悲しい気持ち、やりきれない気持ちはありました」とは吉田夕梨花だが、彼女は今季に入る際のリモート会見で「柔軟性」をシーズンのキーワードを挙げている。

「大会の有無やスケジュール面ですごく不安定なシーズンであることは間違いない。メンタルな部分でいちいち一喜一憂していたらキリがありません。変更があるものという前提で今季を考えて、逆に言えば何が変わっても同じパフォーマンスができる柔軟性を要すると思います。ただ、それは今季に限ったことではなく、カーリングというのは変化を捉えるスポーツではあるので、継続していかないととも感じています」

 そこ言葉どおり、何度もトレーニングスケジュールを組み直した。

 夏までの期間は地元・オホーツクを舞台に、トライアスロン、ラグビー、空手、ピラティス、各種ダンスなど、積極的に多様なトレーニングを取り入れた。

 特に弟子屈町から摩周湖まで自転車での15kmを超える登坂は鈴木夕湖に言わせれば「私は死ぬまで坂を登り続けないといけないんだと思った」という永遠に感じるほどの辛さだったようだ。

 その一方でオンアイスでは、日本選手権がどの会場で行われてもいいように、代替候補地であった稚内、札幌、軽井沢でそれぞれ中期合宿を組むなどあらゆる可能性を考慮して万全の態勢を整えた。

 アイス上のルーティーンにも変化があった。

 カーリングでは先攻後攻を決める際にLSD(ラストストーンドロー)という方法が採られる。試合前練習終了後に両チームの代表2選手が、インターン(右利きの選手が投げる時計回り)とアウトターン(同反時計回り)でスイーパーつきでストーンを投じ、ハウスの中心からの距離を競う。当然、計測された数字の小さいほうが優位な後攻でゲームを開始できる。

 そしてこの記録は試合ごとに蓄積され、例えば予選リーグで勝敗が並んだ時などは、このLSDの平均値であるDSC(ドローショットチャレンジ)の数字で順位を決めることが多い。決してコイントスのような運に任せた単純なものではなく、アイスをどれだけ読めているのか、石のクセをどれだけ把握しているかというチーム力の一端だ。多くのチームは試合前練習の7分間をこのLSDに特化したルーティーンに費やすことが多い。

 ロコ・ソラーレでいえば平昌後から、ゲームではスイープしないスキップの藤澤も試合前練習のみスイープに入り、アイスの滑りや石のクセを確かめる作業に加わった。それが結実したのが今大会のDSCだ。大会関係者が「記憶にないくらい、とんでもない記録」と驚く17.41cmを叩き出す。カーリングストーンの直径は約30cmで、「ボタン」と呼ばれるもっとも内側の円の半径は6インチ(15.2cm)以上に定められているが、ほとんどのLSDをほぼ真ん中に止めたことになる。もちろん男女を通してトップの数字だ。

 特に吉田夕梨花は担当した3投が12.5cm、13.6cm、17.8cmという精密機械のような結果を残した。

「続けてきたことが繋がって結果が出るのは、勝つのと同じくらい嬉しい」(吉田夕梨花)

吉田夕梨花(左)。鈴木夕湖(右)と共に、盤石のセットアップと適切なスイープで世界でもトップレベルのフロントエンドとして高い評価を受けている。(C)JCA IDE
吉田夕梨花(左)。鈴木夕湖(右)と共に、盤石のセットアップと適切なスイープで世界でもトップレベルのフロントエンドとして高い評価を受けている。(C)JCA IDE

今年の日本選手権ラウンドロビン(総当たり予選)のDSCの公式記録。
今年の日本選手権ラウンドロビン(総当たり予選)のDSCの公式記録。

今大会はラウンドロビンのDSCと順位が完全に一致した。珍しいことではあるが、特に驚く現象ではない。
今大会はラウンドロビンのDSCと順位が完全に一致した。珍しいことではあるが、特に驚く現象ではない。

 微に入り細を穿つ準備は食事にも及ぶ。

「強いチームほど、勝つアスリートほど、リラックスして現地を楽しめている気がします。きっと戦う準備はほぼすべて済ませてから大会に入っているんですよね。現場では決して慌てずに、どれだけ居心地よくストレスなく過ごせるかに取り組んでいる気がするんです。そこは見習うべきだと思っています」

 こう語るのは吉田知那美だが、2月の日本選手権ではロコ・ソラーレはホテルに滞在しながらほとんどの食事を外注している。

 前述の稚内合宿の際に現地のダンスインストラクターの紹介で、市内のゲストハウス「モシリパ」と出会った。調理を担当する武重美亜(たけしげみあ)さんは都内の料亭や箱根の高級旅館での勤続経験もあり、ロコ・ソラーレのリクエストである「疲労を蓄積しないメニュー」に応じてくれることになった。

 例えば2試合をこなした2月9日は、午前中の試合直後には武重さんは軽食を用意した。

・しそチーズ玄米おにぎり

・カレーふりかけ玄米おにぎり

・味噌玉(味噌汁)

 夜の試合の3時間前にはがっつりメニューとして以下の献立を。

・無限人参ツナサラダ

・マグロ山かけ温泉卵乗せ

・ピェンロー

・カレイの煮付け

・高菜と豆腐チャンプルー

・玄米

 さらに夜食として以下をデリバリーした。

・五目おこわ

・手羽雑穀スープ

鈴木夕湖が期間中に「いちばん美味しかった」という「高菜と豆腐チャンプルー」
鈴木夕湖が期間中に「いちばん美味しかった」という「高菜と豆腐チャンプルー」

 2月7日から14日まで、8日間15食に渡ったすべてのメニューは脂質を抑え、炭水化物とたんぱく質が豊富に含まれるものでありながら、時には「宗谷黒牛牛筋煮込み」や「蝦夷鹿バーガー」などのご当地ものや、ポトフやワカモレなど、旅の多いロコ・ソラーレのトピックになるバラエティ豊富なラインナップだった。

「私たちにとって食事は仕事のひとつですけれど、最高のリフレッシュにもなった」の言葉がすべてを物語っている。

最終日は「わかめときゅうりの酢の物」「ホッキバター焼き」「タコ酢味噌和え」「ほうれん草胡麻和え」「紅茶豚」ブロッコリー半熟卵のせ」などが並ぶオールスターメニューだった。
最終日は「わかめときゅうりの酢の物」「ホッキバター焼き」「タコ酢味噌和え」「ほうれん草胡麻和え」「紅茶豚」ブロッコリー半熟卵のせ」などが並ぶオールスターメニューだった。

「歩み寄りの料理がモットーのひとつ」と武重さん(右端)。ロコ・ソラーレに「お互いに気遣いのできる人間力の高い方たち」という印象を持ったとか。ゲストハウスは5月の連休前後から営業再開予定。
「歩み寄りの料理がモットーのひとつ」と武重さん(右端)。ロコ・ソラーレに「お互いに気遣いのできる人間力の高い方たち」という印象を持ったとか。ゲストハウスは5月の連休前後から営業再開予定。

 しかし、カーリングは勝負事であり、変化に富んだ難しいゲームだ。万全の準備もあと一歩だけ、結実しなかった。

 日本選手権の決勝で、ロコ・ソラーレは北海道銀行に6-7で惜敗。試合後、藤澤五月は「何より北海道銀行さんがうまかった」と開口一番、勝者を称えたように、小野寺佳歩と吉村紗也香らとのバックエンドの投げ合いでは北海道銀行に分があった。

 これで、開幕まで残り1年を切った北京五輪への国内代表レースは、ロコ・ソラーレと北海道銀行に絞られたことになる。両チームは新型コロナウイルスの感染状況や、世界カーリング機構が決定するオリンピックの国別の出場枠を決める世界選手権の代替大会のスケジュールと照らし合わせながら日本カーリング協会が主催する「五輪代表決定トライアル」(仮/稚内)に向けて、調整を進める。

「今日は北海道銀行さんに上手にショットを決められた。(トライアルで)そうなった時でもしっかり戦える準備をしっかりしていきたい。もう少しタフになって帰ってきたいと思います」(藤澤五月)

「トライアルは独特な雰囲気があり、すごく緊張する舞台。何度も何度もこのチームで乗り越えてきて、その都度強くなってきた。技術的な部分の強化よりも、もっと細かなメンタル的な準備とか、小さなチームコミュニケーションのアジャスト。この試合一つでも得られた課題はたくさんあるので残り3ヶ月でプランニングをしたい」(吉田知那美)

 彼女らの前向きな言葉どおり、来たるトライアルへ向けて、その先の北京五輪へ向けて、準備はまだ続く。

 現在、石崎琴美以外のロコ・ソラーレ4選手は青森で開催されている「第14回全農日本ミックスダブルスカーリング選手権大会」に出場中だ。このミックスダブルスは男女ペアで競う平昌五輪からの正式種目だが、平昌では日本は出場が叶わなかった。今大会で優勝したペアはミックスダブルスの五輪代表候補ペアとして、前述の稚内での「五輪代表決定トライアル」にミックスダブルスの候補としても参加することになる。

 4人にとって、もちろんミックスダブルスでの五輪出場も視野に入れているが、これも「準備」のひとつになってくるだろう。

 18年19年とこのミックスダブルス日本選手権連覇を果たしている藤澤は開幕前に「コロナの関係もあって試合数が少ないので、この大会に出るのはすごくプラス」としたうえで「4人制をメインに考えてしまって申し訳ないですけれど、自分自身と向き合えるすごいいいきっかけ」と抱負を語った。

藤澤五月。SC軽井沢クラブの山口剛史とペアを組み、ミックスダブルスでも北京五輪を目指す。大会序盤は堅さもあったが、ゲームを重ねるごとに好ショットが目立ってきた。 (C)JCA IDE
藤澤五月。SC軽井沢クラブの山口剛史とペアを組み、ミックスダブルスでも北京五輪を目指す。大会序盤は堅さもあったが、ゲームを重ねるごとに好ショットが目立ってきた。 (C)JCA IDE

 さらに、チームにとってはまさに「世界レベルの準備」が控えている。ロコ・ソラーレには4月20日にカナダ・カルガリーで開催されるツアータイトルの最大グレードにあたるグランドスラムのひとつ、プレイヤーズチャンピオンシップ」の招待状が届いていて、既にエントリーを済ませている。

 世界のトップ12のみが出場するこの舞台について「1投も(集力を)切れないすごくシビアなゲームばかりなんですけれど、すごく楽しい」と鈴木夕湖が笑顔で語ってくれたことがあるが、今季に限ってはその最高峰のアイスで、彼女らの目指す世界の頂点への挑戦と、五輪代表候補への準備を兼ねる贅沢な機会となりそうだ。

 日本選手権では悔しい思いをした。負けて、それも次への糧なのかもしれない。

「人生の先輩たちから『しっかり落ち込んだほうがいい』と言われました。私は感じたフィーリングや感情っていうものを常に持ってていいのかな、と思っているので別に切り替えてません」(吉田夕梨花)

「シンプルに悔しかったっすね」(鈴木夕湖)

「強くなるための課題を神様が与えてくれた」(吉田知那美)

「ちな(吉田知那美)、夕湖、夕梨花、亮二さん(小野寺コーチ)、(石崎)琴美さんに助けてもらいながら、チーム全員で間準備したい」(藤澤五月)

 敗戦を受け入れる選手、感情を素直に吐露する選手、課題を見出す選手、チーム一丸でさらなる準備を誓う選手etc……。思いとアプローチは様々だが、ロコ・ソラーレはまたひとつ、強くきっかけを得た。それだけは間違いないだろう。