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インバウンドと医療課題 コロナ禍における観光再開に向けて

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:イメージマート)

今月10日より、1日2万人の枠内でインバウンド(訪日外国人の観光)が再開されます。沖縄県でも、那覇空港の国際線が再開に向けた準備に入っており、観光事業者を含めて期待感を膨らませる人も多いようです。

新型コロナ発生前の2019年には、約200万人の外国人観光客が沖縄県を訪れており、内訳は、台湾40%、韓国23%、中国18%、香港10%となっていました(出典:訪日ラボ)。ゼロコロナ政策をとっている中国、香港との交流は止まったままでしょうが、ウィズコロナに舵を切った台湾と韓国は急速に戻ってくるだろうなと思います。

その一方で、日本では、いまだ新型コロナウイルスは指定感染症であり、外国人であっても感染が確認されれば、当然ながら厳格な行動制限が求められます。このため、医療アクセスの課題以外にも、療養場所の確保、多言語による説明、協力いただけない場合の対応など具体的に調整しておかなければなりません。島が活気を取り戻すのは嬉しい反面、地域の受け入れ態勢が整う前から、なし崩しに観光再開が始まっていく不安もあります。

このあたりのことは、新聞記者さんからも取材を受けるようになり、社会的な関心はいただけていると思います。また、昨日(6月1日)は厚生労働省のアドバイザリーボードが開催され、そこでも意見交換させていただきました。

第86回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和4年6月1日)資料(筆者作成)
第86回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和4年6月1日)資料(筆者作成)

以下、観光地で働く医師の視点から、インバウンド再開に向けた課題について質疑応答の形式で考えてみたいと思います。

―― 今月よりインバウンドの受け入れが条件付きながら再開されます。那覇空港の国際線も再開される見通しとのことですが、コロナが持ち込まれるのではないでしょうか?

はい、当然、持ち込まれます。それを前提に対策すべきです。PCR検査を全例に実施したとしても、すり抜けは生じます。もっとも確実な方法は、到着後、7日間の停留措置を行うことですが、観光客に対して実施することは難しいのでしょう。これまで本土から持ち込まれ続けたように、周辺諸国の流行状況に応じて、県内に入ってくるものと考えられます。

―― 感染リスクの高い国からの渡航者には、入国時検査を実施して、3日間の自宅待機を求めることとしています。一方で、感染リスクの低い国からであれば、検査も待機も求めていません。こうした対策で持ち込みが減らせますか?

欧米を含む多くの国々では、そもそも軽症例へは検査しなくなっており、高齢者などハイリスク者に検査を集中させています。地域の流行状況を捉えられなくなっているのが実情です。

2009年の新型インフルエンザ流行時にも、国ごとの流行状況により検疫強化する戦略をとりました。しかし、世界の流行状況を迅速に把握しながら、検疫体制を切り替えることはできませんでした。新型コロナウイルスは、変異株の出現により刻々と流行状況が変化します。国ごとに感染リスクを指定したとしても後手後手になると思います。

また、桃園国際空港(台湾)であれ、チャンギ国際空港(シンガポール)であれ、これらを経由地として那覇空港に到着する方もいます。つまり、中華航空だから全員が台湾在住者とは限らないのです。台北でいったん出国してしまったトランジット客は、搭乗者名簿をみても居住地は分かりません。出発地=居住地ではありませんし、国籍=居住地でもありません。

―― 海外から那覇空港に到着する旅行者全員に検査を実施すべきですか?

いえ、旅行を開始する場所で検査をすべきです。ご本人にとっても、自宅で療養される方が、渡航先で隔離されるより良いでしょう。また、これは機内感染を回避するためでもあり、前々から沖縄県が呼びかけてきていることです。

2020年3月のことですが、関西から那覇へのフライトに1人の感染者が搭乗していることを那覇保健所が把握したことがありました。乗員・乗客146名のうち連絡がとれた122名に症状を確認し、協力が得られた方に検査を実施したところ、14名もの感染を確認したのです。

偶発的に感染者が乗り合わせた可能性があるため、14名全員について分離されたウイルスのゲノム解析を実施しましたが、このうち13名からの検体でゲノムが一致しており、1名についても1塩基のみの変異に過ぎませんでした。つまり、機内感染だったと考えられます(Influenza Other Respir Viruses. 2022 Jan;16(1):63-71.)。

機内で感染した方については、到着時に空港で検査しても陰性であり、100%すり抜けます。なので、長距離フライトの乗客を相互に守るためにも、旅行前に検査陰性を確認することを私たちは推奨しているのです。これは国際線でも変わりありません。

―― このままインバウンドが再開されれば、この夏に大きな流行が生じる可能性がありますか?

沖縄県における感染拡大の主たる要因は、アクティブな若者層が多い県民のライフスタイルであって、観光客が拡げているわけではありません。観光客や接点のある方を守るために、旅行前の陰性確認や旅行中の感染対策を呼び掛けていますが、沖縄県全体の流行に与える影響は大きくありません。外国人観光客においても同様で、外国人が来ると感染が拡がるとみるのは過剰な反応だと思います。

昨シーズン(2021年7月1日~10月31日)に沖縄県内で確認した感染者は29,387人でしたが、このうち渡航歴が確認された方は397人(1.4%)に過ぎません。また、その7割が県外からの渡航者であった一方で、3割は県外へと渡航した県民でした。実は、県外からの渡航者の多くが、それほど県民との接点がないので拡げませんが、県民が県外から持ち帰ると、そのまま生活に戻るために、家庭内や職場で拡げる要因となっています。

また、沖縄への渡航者というと観光客に目が行きがちですが、保健所の疫学調査では、ビジネス出張や親族・友人訪問(帰省)も少なくありません。一般に、出張や帰省の方が県民との接点が濃厚ですから、県民への影響という意味では、観光客という枠組みで水際対策を捉えるべきではありません。

筆者作成
筆者作成

観光客は比較的健康な方が多く、ホテル内で療養を続けていただけるのであれば、医療への負担にもなりません。ただし、小規模離島は、人口規模が少なく、医療体制も十分ではありません。過大に観光客が押し寄せると大きな負担になりかねません。環境だけでなく、医療の面からも、オーバーツーリズムは避けるべきです。

―― 医療費未払いの問題は、以前から指摘されていました。

今月10日からのインバウンド受け入れは、民間医療保険への事前加入を条件とした添乗員付きパッケージツアーになっています。また、現時点では、新型コロナウイルス感染症は2類相当の指定感染症なので、本人が支払えない入院医療費については、都道府県の判断で公費が充てられることになっています(厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部:短期滞在入国者等であって感染症の予防及び感染症の患者に対する医療 に関する法律による入院患者の自己負担について)。このため、コロナ医療に関しては、病院が負債を抱えることはないはずです。

ただ、今後、個人旅行が再開されたり、新型コロナが5類に変わったりすると、以前のように外国人旅行者の医療費未払いの問題が生じるでしょう。ちなみに、私の病院の事務方に計算してもらったところ、コロナ感染で10日間入院すると、おおよそ150万円ほど医療費がかかっているとのこと。医療保険に入ってなかったら、支払えない人が続出します。

沖縄県には、年間で200万人の外国人が訪れていましたが、これだけいると、亡くなる方や集中治療室に入る方が毎年おられます。これを機会に、短期滞在の外国人旅行者であっても、民間医療保険の加入を義務化すべきだと思います。

―― 外国人観光客の感染を認めても、すべてが入院となるわけではないですよね?

おっしゃるように、すべての感染者が入院できるわけではありません。軽症であれば、県内で確保している療養ホテルに入っていただきますが、現時点で英語でなら何とかなりますが、中国語や韓国語には対応できません。いわんや、ハラル食などの特殊食は出せません。そもそも、沖縄への外国人旅行者は富裕層も多く、おそらくビジネスホテルでの隔離には協力いただけないだろうと思います。頭の痛い問題です。

宿泊中のホテルで既定の期間(発症から10日間)、自己隔離することも考えられます。とはいえ、高級ホテルの延泊料金を誰が負担するのか、という新たな問題が発生します。もちろん自己負担のはずですが、すでにウィズコロナで行動制限をかけなくなっている国からの観光客だと、説得に苦労するだろうなと思います。

家族旅行など、同行している旅行者への対応もあいまいです。当然ながら濃厚接触者となりますが、待機できるホテルは準備していません。旅行を続けて良いのか、ビーチで遊んでも良いのか、水族館はどうか? ダメだとするなら、それを保健所は多言語で指導できるのか・・・ ルールを守らないときの対応はどうするのか・・・ という問題があります。

個人的には、症状もないお子さんの行動制限は現実的ではないと思います。楽しい沖縄旅行に来られたのですし、無症状である限りは遊んでいただいて良いでしょう。ただし、過密な場所は避ける、民泊など高齢者の自宅を訪問しない、症状を認めたときは部屋でゆっくり休むという原則を守っていただければと思います。

―― この他、インバウンド再開における課題として何がありますか?

これまで説明してきたように、量的なインパクトは大きくありませんが、指定感染症としての課題は多岐にわたります。率直に言って、すぐに受け入れ可能な状況に地域医療はありません。

あとは、旅程を変えたあとの帰国手段の問題がありますね。パッケージツアーで来訪されている場合、航空券の予約変更ができませんから、キャンセルすれば帰国にあたって正規運賃を請求される可能性があります。もちろん自己負担ですが、感染者や濃厚接触者らの行動を制限したのは、こちらの要請なだけに、その都度、もめる可能性が高いのです。

新型コロナウイルス感染症が5類扱いになるまでは、こうした混乱がインバウンドには付きまとうでしょう。新型コロナウイルスが、いまだ世界的に流行している現実を見据え、ここで指摘したような課題は、ひとつひとつ丁寧に解消しておかなければなりません。そして、あらかじめ旅行者に明確に伝えておく必要があります。

結局、患者たちは病院に助けを求めてやってきて、こうした社会的な問題ですら私たちが引き受けなければならなくなるのです。あるいは、不満の矛先に私たちが立たされることもしばしばです。とくに、行動制限は医療の役割ではありません。その結果も含めて、きちんと行政が調整をしていただければと思います。

実のところ、これはインバウンドに限らず、ビジネス渡航や親族・友人訪問、あるいは在留外国人の医療にもつながる課題です。健康問題とはコロナに限りませんから、これを機会に、招き入れる外国人を総合的に支援できる社会保障システムを構築すべきです。それができないなら、地域の国際化もインバウンドも進められないはずです。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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