以下、BuzzFeedによる報。

大麻の依存症は8.3%、日本初の大規模調査で判明 「おおむね健康に暮らせている」

https://news.yahoo.co.jp/articles/ab6bcc20e61a72d230a01119b003771ea8c7c06f

厚生労働省が「使用罪」の創設を目指し、規制を強めようとしている大麻。この大麻による健康被害はどれぐらいあるのか、日本で初めての大規模な実態調査が行われ、依存症と呼べるような状態の人は経験者の8.3%であることがわかった。学歴も一般集団とほぼ同じレベル。何らかの職や学業などについている人は約95%に上り、普通に社会生活を営みながら使用している実態も明らかになった。この調査結果をまとめた論文「SNSを活用した市中大麻使用者における大麻関連健康被害に関する実態調査第一報 」は12月24日、国内の査読学術誌『アルコール・薬物医学会雑誌』に掲載される。

【BuzzFeed Japan Medical/岩永直子】

調査実施者の一人となった松本俊彦さん(国立精神・神経医療研究センターの薬物依存研究部部長)はこの調査によって「大麻使用者が概ね健康に暮らせていることをデータで示した」と胸をはって仰っているのですが、私の立場からすると「いやいやいやいや」と申し上げるしかないわけです。以下は今年の最新のギャンブル依存に関連する調査を報じた朝日新聞から。

ギャンブル依存の疑い2.2% 厚労省が初の実態調査

https://www.asahi.com/articles/ASP8V76CBP8VULBJ017.html

厚生労働省は、ギャンブル依存症の実態調査の結果を27日公表した。依存が疑われる人は2・2%程度いた。研究代表の松下幸生・国立病院機構久里浜医療センター副院長は「ギャンブルで問題を持つ人は決して少なくないことを踏まえ、国の対策を考える必要がある」と話す。

全国成人中2.2%のギャンブル依存の「疑いがある者」が居るという調査結果です。この数字は近年行われている調査において大体安定して出てくる数字でありますが、我々カジノ業界はこの数字をもって長年に亘って「ギャンブル依存がー」とあらゆるメディアから総叩きにあっているわけです。

ただし、この両依存率を比較するには少し数字の処理が必要。冒頭の大麻に関する調査では

依存症と呼べる状態(大麻使用障害)の人は、経験者のうち8.3%で、現在使用している人では9.5%だった。裏を返せば、9割以上の人は依存症にはならず使用していることになる。

と母数を(大麻)経験者もしくは現在使用している人においているのに対し、後段でご紹介した「ギャンブル依存の疑い」は分母を日本の成人人口においています。なので、これを現役のギャンブラー(間近一年のギャンブル経験者)に置き直すと、日本人の間近一年のギャンブル経験率が男性45%、女性23%ですから、全現役ギャンブラー中5.6%が依存の「疑い」ということになります。こうやって同一スケール上で比較しても現役の利用者の9.5%が依存状態にあるとされる大麻と比べると、ギャンブルの方がかなり「マシ」な状態にあることが判ります。

(※もっというと、ギャンブル依存の調査で使われたSGOS判定は「依存の疑いの有る者」を抽出するスクリーニング調査で、実際の依存症と呼べる状態にある者は更に比率が低くなります)

冒頭のBuzzFeedさんはこの大麻使用に関する調査結果を「裏を返せば、9割以上の人は依存症にはならず使用している」などとして「おおむね健康」などと見出しを付けて報じているわけですが、「ギャンブルは依存問題が起こるんだー」の大合唱で散々各メディアから叩かれ続けてきた我々カジノ業界人としてはナンダカナアと思わざるを得ないわけです。

ちなみに、当該大麻に関する記事を書いたBuzzFeedの記者・岩永直子さんは、実は我が国のカジノ合法化論議に際しては同BuzzFeedに以下のような記事を寄せていました。以下、2019年6月の同メディアによる報。

大学がカジノ推進のシンポジウム 「#立教はカジノに魂を売るな」と学内外から批判の声

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/rikkyo-casino

当時のBuzzFeedは、立教大学で予定されていたカジノをテーマとしたシンポジウムの開催に際し「立教はカジノに魂を売るな」などとセンセーショナルな見出しで報じていたわけですが、その反対論の主軸をギャンブル依存問題において記事を展開させたのは他ならぬ岩永直子さんなのであって、今回彼女が執筆した「大麻の依存症は8.3%、日本初の大規模調査で判明 おおむね健康に暮らせている」の報を見るにつけて、「そこは大麻に魂を売るな」じゃないとダメなんじゃないですかね?と私としては皮肉の一つも言いたくなるわけです。