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遅きに失した「就職氷河期世代への『早期対応』」

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

あまりにも酷い話が出て来たのでここに記します。以下、産経新聞からの転載。

ひきこもり多い氷河期世代…「生活保護入り」阻止へ早期対応

https://www.sankei.com/economy/news/190411/ecn1904110004-n1.html

10日の政府の経済財政諮問会議で、民間議員が提言した「就職氷河期世代」の集中支援。バブル崩壊後の景気悪化で新卒時に希望の職に就けないままフリーターや無職となった若者たちは既に30代半ばから40代半ばに達し、自宅にひきこもるケースも少なくない。政府は3年間の集中プログラムを通じて就職氷河期世代を正規就労に結びつけ、高齢期の生活保護入りを阻止したい考えだ。

上記記事によると、政府による「氷河期世代」の定義は、「平成5年から16年ごろに卒業期を迎えた世代」とのこと、すなわち1993年~2004年の間の約10年間に新卒生として社会に放たれた世代であり、現在、凡そ30代半ばから40代半ばに分布している世代ということになります。

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(出所:内閣府経済財政諮問会議 資料

上記、内閣府経済財政諮問会議に提出された資料によると、この期間に就学を終えた世代のうち約400万人が現在も正規就労が出来ず、フリーター、パート、もしくは無職の状態にあるとのこと。うち最も就業率が低いのが未だ12万人の未就業卒業生を輩出してしまった2000年卒の世代で、かくいう私もその年に日本の大学を修了した卒業生であります。幸いなことに私は色々な方々にお世話になりながら何とかオマンマを喰わせて頂いていますが、本当に僕らの世代は酷かった。

そして当事者世代の一人として何より腹立たしいのが、上記記事による「『生活保護入り』阻止へ早期対応」という表現。繰り返しになりますが、就職氷河期世代の第一世代が就学を終えたのが1993年。当時の新卒世代は現在40歳半ばを超え、既にアラフィフにまで差し掛かろうとしているワケで、そこから数えると既に25年も問題が放置されていますがな。それをもって「早期対応」なんて表現をされると、その当事者世代としては「やったこれで救われる」なんて思うワケもなく、正直「ドス黒い」感情しか湧いてこんワケですよ。

何よりも悲しいのが、社会にとってはこの世代が「高齢期の生活保護入り」するかもという状況になって初めてそれが社会問題として認識されたのであって、氷河期世代が20余年にも亘ってまともな就業機会も与えられず放置されてきたことそのものは社会問題として認知されてこなかったということ。結局、当事者ではない世代の方々にとっては、自分のオサイフに影響しない内はあくまで他人事なのであって、問題でもなんでもないということであります。人間の本性って本当に世知辛いですね。

4月10日の朝日新聞で「文系の博士課程『進むと破滅』 ある女性研究者の自死」と題して仏教学者の西村玲さんの自殺に関する報道がなされました。仏教研究の世界では非常に評価され多くの賞も受賞してきた彼女が、自らの命を絶ったのが2016年2月。西村さんは仏教研究界では高い評価を得ながらも大学での就職口がなく、非常勤講師やアルバイトで研究費を賄いながら実家暮らしを続けており、年老いた両親を抱え人生に絶望した末に自死に至ったとのことです。

【参考】文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死(朝日新聞2019/4/10)

https://www.asahi.com/articles/ASM461CLKM45ULBJ01M.html

朝日新聞はこれを「90年代に国が進めた大学院重点化で、大学院生は急増した。ただ、大学教員のポストは増えず」と学術研究者の世界の問題として切り取っていますが、これも切り口を変えれば実は就職氷河期世代が抱えた問題の一側面。90年代に国が進めた大学院重点化政策は、そもそもその世代に大卒を迎えた学生の就業環境があまりにも極悪であったため、そこで発生する就業問題を「先送り」する為により高次の教育への進学を政策的に推進したもの。そして、そこで産業界に入るのではなく、学術研究の世界に進む者の数が増え過ぎててしまったが故に、西村玲さんの様な優秀な研究者であっても正規職が得られないという現在の研究者の極悪な就業環境へ繋がってしまったワケです。ちなみに2016年に命を絶った西村玲さんは当時43歳、就職氷河期のど真ん中世代であります。

私自身がすべての就職氷河期世代を代表するつもりは毛頭ないですが、少なくともその世代の一員として訴えたいのは、我々世代はその他の世代の方々と同じ様に勉学に励み、同じように学業を修め、社会に出ようとしたわけですが、「たまたま時代が悪かった」という違いのみで、ある人は新卒での就業機会を奪われ、ある人は劣悪な就労環境であると判っていながらもそこに身を投じざるを得なかった。そして新卒重視の日本社会において、再復活の機会を与えられないまま多くの同世代の仲間達が20余年に亘って放置されてきた。それが社会問題でなければ何なのか、と問いたい。

一方で、そうは言っても景気は常に循環するもので、我々世代がハズレくじを引かなければ、別の世代がそれを引いていただけともいえます。その「ハズレくじをたまたま引いてしまった」世代の一員として、「たまたまハズレくじを引かないで済んだ」その他世代の方々に是非一緒に考えて欲しいのは、たまたま時代に恵まれなかった世代の人達であっても、ちゃんと再復活できる社会構造をせめて実現しましょうよということ。その為に何としても必要なのが労働流動性の高い社会を実現することであって、新卒信奉が異常に強く、新卒で会社に入った人達が同じ職場でずーっと働くのが当たり前、逆にそこに途中から入場することのハードルが異常に高い社会であり続ける限りは、たまたま時代の巡りあわせ悪かった世代と、そうでない世代との格差が、一生固定化されたままになってしまうワケであります。

今から政府がどんな施策を打とうとも、3年程度の職業訓練をしようとも、就職氷河期世代が失った20余年の人生が返ってくるわけもなく、これまで固定化されてきたその他世代の方々との格差が埋まるとも思えませんが、未来に必ず来るであろう「次にハズレくじを引いてしまう」世代の方々がせめて不幸にならならぬよう、社会がこの問題に改めて関心を高めて頂きたいな、と思う次第であります。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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