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間違いだらけの「インバウンド向け」開発

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

ナイトタイムエコノミー振興に関して以下のようなニュースが廻ってきて、さも有りなんと思った次第です。以下、京都新聞より。

秋元康さんプロデュースの劇場が長期休館 平安神宮に昨秋開場

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190323-00000001-kyt-bus_all

京都市左京区の平安神宮境内にある商業施設「京都・時代祭館 十二十二(トニトニ)」2階に、昨年11月オープンした「京都SUSHI劇場」が2月下旬以降、長期休館していることが22日、分かった。作詞家の秋元康さんが総合プロデューサーを務め、鳴り物入りで始まったが、わずか3カ月で見直しを迫られる形となっている。

人気作詞家の秋元康氏を総合プロデューサーとして立て、鳴り物入りで開始されたSushi劇場ですが、関係者のSNS投稿などによると「8月、9月には再開したい」としている計画そのものもかなり絶望的とのことで、アチコチに炎上が広がっているようです。

1. ナイトタイムエコノミーの「本丸」は日本人の消費です

現在、国の施策として「ナイトタイムエコノミーの推進」が明確に謳われるようになり、また2020年の東京五輪、2025年の大阪万博の開催も相まって、その新興が「インバウンド観光」とセットに語られるようになっています。ただね、これは私も含めてナイトタイムエコノミー推進側に居る人間は全員が判っていることなのですが、「インバウンド向け」という外向けのアピールは一種の「お題目」的に掲げられた旗印なのであって、ナイトタイムエコノミー消費の本丸は我々、日本人の夜の消費なのです。

考えても見て下さい。昨年、我が国のインバウンド観光客数が史上最大の3000万人を超え、史上最大の誘客数となりましたが、訪日外国人観光客の日本での滞在日数は平均で9日あまりです。一方で、我が国には1億2千万人が365日生活しているわけで「どっちの市場が大きいか」なんてのは一目瞭然じゃないですか。

日本人向けのナイトタイムエコノミー産業がすでにレッドオーシャン化していて、「あえて」セグメントをインバウンドにフォーカスして行くのなら判りますが、そもそも日本人向け、外国人向けを問わずナイトタイムエコノミー市場自体が発展途上であるにも関わらず、なぜそこで市場が小さい方に向かって事業を振ってゆくのか? ナイトタイムエコノミー業界で「インバウンド向けの」を殊更に主張する人は、その辺からして完全に「市場が見えてない」んですよ。

2. ではなぜ国は「インバウンド向け」をアピールしているのか

一方で前出の通り、現在の国側のナイトタイムエコノミー振興の施策は完全に「インバウンド向け」に論議を「全振り」しているのか。そこには二つの理由があります。

一つ目が、現在行政において「インバウンド」は一種のマジックワード化しているから。「マジックワード」とは行政施策における「流行」を示すワードで、その用語を企画内で使うと何となく政治的/政策的な正当性がアピールでき、また予算が付きやすくなる便利な用語のことです。このマジックワードは時代と共に移り変わってゆくものであり、かつては「エコ」、その次は「クールジャパン」、その他にも「復興」や「地方創生」など、その時代の世相や流行を表す言葉であり、2020年東京五輪/2025年大阪万博を迎える我が国では「インバウンド」がここ数年ずっとマジックワードとなっています。

そしてもう一つは、政治や行政がナイトタイムエコノミー振興を謳うにあたって、「外国人観光客」を主語にした方が批判を受けにくいということ。ナイトタイムエコノミー振興は昼に偏重していた我が国経済を夜の時間に向かって広げることで「消費機会の拡大」を目指す一種の消費誘引施策です。一方で、この施策の推進にあたっては、必ず「夜遊び」に対するモラル的批判が付きもので、「夜遊びを殊更に政治/行政が推奨するとは…」とポリコレ棒で殴ってくる市民というのが一定数必ず存在するワケです。そこで「体よく」使われるのが「外国人観光客」を主語とした施策推進の形。「2020年/2025年と多くの外国人のお客様を受け入れるにあたって…」というレトリックは、政治/行政にとっては良くある社会批判を交わす論法として非常に使い勝手が良いのです。

3. 間違いだらけの「インバウンド向け」開発

この辺りの流れは、私も含めてナイトタイムエコノミー振興側に長らくコミットして来ている人間にとっては「当たり前」すぎることなのですが、そういう一種の「レトリック」の様なものが新しく業界に飛び込んでくる人達にはあまり見えていない。そういう政治や行政が発する「インバウンド観光向け」のナイトタイムエコノミー振興というメッセージを真に受けた人達が開発するのが、インバウンド偏重した観光コンテンツ;

例えば「Sushi劇場」などと名付けられたどう見ても「外国人にとっての『オモシロ』の国、日本」を象徴するような命名をされた劇場であり、また「伝統芸能、忍者、芸者、すし、戦隊ヒーロー、ヲタク、サラリーマン」などジャパニーズpopカルチャーをごった煮にしたパフォーマンスの開発になってしまうわけですね。

繰り返しになりますが、政治や行政が殊更に「インバウンド向け」を連呼するのは様々な背景があってのこと。民間側がその政治的、行政的レトリックを真に受けて「インバウンド向け」に偏重した開発をするなんて愚の骨頂。

…なのですが、今回のSushi劇場程の見事な「散りっぷり」を見せる企画は少ないものの、実は全国で同様の「インバウンド向け」のコンテンツ開発が爆死する例が増えてきており、私のところにも「アドバイスを貰えませんか」とかって相談が来たりするんですが、そんな相談を「事後的に」持ってこられても私にはどうにもアドバイスのし様がないというのが本音であります。

4. 必要なのは「インバウンド客『にも』対応できる」コンテンツ開発

これもまたインバインド観光に長らく携わっている方々にとっては常識なのですが、日本を訪れるインバウンド観光客は日本人のようなマスメディアや大手旅行会社の出版する「観光ガイド」のようなもので情報収集をするのではなく、ネット上の「口コミ」を主たる観光情報の収集源としながら日本を訪れます。この分野に大手広告代理店や大手旅行代理店なんかが入り込んできて、大爆死する例が近年増えているのは、そもそもインバウンドは彼らがこれまで「一番得意としてきた」広告手法が通用しないジャンルのお客様だから。そもそも彼らのビジネスモデルに沿ってない顧客なんですから、そりゃ難しいですわ。

ネット上の「口コミ」を主たる観光情報の収集源とするインバウンド観光客は「新装開店しました~」でドーンと広告やPRを出せば集まる種の顧客ではなく、その市場評価が定まるまでにはそれなりの時間が必要となり、一方で一定程度の市場評価が固まれば、その後は比較的コストをかけずにランニングで稼げる。例えば冒頭でご紹介した京都Sushi劇場は昨年11月にオープンしたものが、たった3ヶ月で見直しを迫られるところにまで至ってしまったとのことですが、そもそも「インバウンド」を狙うのならばそんなショートレンジでの結果を期待するのが間違いであるわけです。

一方で、ビジネスサイドの都合でいえば短期でキチっと成果を挙げて行くことが必要で、そんな「気の長い」ことを言ってるわけには行かんワケで、結局必要なことは開業当初のPRや広告で「初速を稼げる」日本人顧客と、一方で出足は遅いけれど市場評価が定まればランニングで稼げるインバウンド顧客の両方をバランス良く取り込んでゆく事が必要で、要は「インバウンド向け」の開発ではなく「インバウンドにも対応できる」コンテンツの開発が求められているということであります。

今回のSushi劇場の顛末は象徴的な出来事となりましたが、ナイトタイムエコノミー振興の旗を振ってきた側の人間として、今後、同じ様な「大爆死」企画が全国に増えないことを心よりお祈り申し上げております。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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