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いつまで「日本はeスポーツ後進国」と言い続けるのか

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

以下のような記事がスポーツイノベーターズonlineに掲載されています。

脱・eスポーツ後進国の鍵、「日本独自」に商機あり

KPMGコンサルティングに聞く

https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/070800035/011800090/?n_cid=nbptec_siotw

天下のKPMGさんが、テンで見当違いなことばっかり言ってて笑ってしまうわけです。

「日本はもはや『eスポーツ後進国』ではない」

これは、昨年10月に私も登壇した「海外eスポーツ事情とeスポーツの未来に向けて」と題されたシンポジウムにて、江尻勝氏(プロゲーミングチームDeToNator代表)が発した言葉です。私も当時、隣に座りながら、この江尻氏の発言を「然り」と思いながら聞いていた覚えがあります。

ここ1,2年の間に日本のeスポーツの環境は劇的に改善しています。例えば、我が国では昨年行われたRAGEというeスポーツ大会において、人気DCG「シャドウバース」で1億円超の優勝賞金の獲得者が出ました。LoLというゲームタイトルの日本プロリーグ(LJL)の今年の開幕戦(1月19日開催)の同時視聴者数は3万6,000人であり、これは同タイトルの世界各国のプロリーグの中でもかなり上位に位置する同時視聴者数となります。また、人気FPSゲームPUBGの日本リーグもDMM社のバックアップを受けて、諸外国の環境に遜色ない好待遇。日本をいつまでも「eスポーツ後進国」などと呼ぶことは、大いなる間違いであるとしか言いようがありません。

では、なぜ世の中に「日本はeスポーツ後進国だ」と言いたがる人が未だ多いのか。それは、そういう人達の多くが、アーケードゲームや家庭用ゲームなどのコンソールゲームの世界だけを見ているから。その点に関しては、冒頭でご紹介した記事の中でも一部言及が為されています。以下、引用。

―日本のゲーム産業はコンソールゲーム機でプレーするゲームが中心という特徴があります。この点はeスポーツ発展の壁にはならないのでしょうか。

バロ おっしゃる通り、その点も課題の一つです。日本にはゲーム関連企業が多くありますが、現在のところ、eスポーツに対してさほど力を注いでいるようには思えません。それは、海外で広まっているeスポーツはパソコンでプレーするものが中心なので、それが日本で普及すると自社のコンソールゲーム機が売れなくなってしまうという懸念があるからです。

「日本のゲーム産業がコンソール系中心で動いていることがeスポーツ発展の壁になっている。」この点は間違いありません。ただ、そこに引き続く「読み解き方」は完全に間違っています。

今でこそコカ・コーラやレッドブルなども参入してきているeスポーツ業界ですが、世界の初期段階のeスポーツ産業の興隆はPCメーカー、半導体メーカー、PC関連機器メーカーなどによって支えられてきた(そして今も支えられている)ことは業界の人間ならば皆が知っていることです。これらPC関連企業にとってのeスポーツ振興は、既にコモディティ化が始まり単純価格競争に陥りつつあるPC市場において、PCの付加価値を高める為に行われてきた戦略的販促行為なのであって、ブランド認知の向上を目的としたいわゆる「単純なスポンサーシップ」ではありませんでした。

一方で、コンソールを中心とする日本のゲーム産業は基本的にハードメーカーとソフトメーカーの2者関係のみ、ともすればハードメーカーが同時にソフトメーカーでもあるという垂直統合型の産業です。PCメーカー、半導体メーカー、PC関連機器メーカーなど様々な関与者が存在し「裾野が広い」PCゲーム産業と違い、日本ではそれらゲームの大会に「実利」をもって資金投入をする第三者企業が居なかった。

この様な構図の中で日本においてeスポーツを興隆させる為には、産業当事者であるハードメーカーもしくはソフトメーカーが「直接」ゲーム大会に資金投入をするしか手段がないのですが、そうなってくると今度は商業者が自らの顧客に直接経済的利益を提供することを規制する景品表示法が制度上の障害となってくる。一昨年くらいから続いていたeスポーツ大会の賞金と景表法を巡るゴタゴタは、実は上記のような日本のゲーム産業の特殊事情が背景にあって「起こるべくして起こっていた」問題であったとも言えるわけですが、その辺の背景が上記記事の「語り部」となっている人達には全く見えていないように感じます。

そして、何よりも上記記事内で私の専門性の立場で「オマエラ、究極的に判ってねぇな」としか申し上げようがないのが以下の部分。

――「健全な発展」が重要ということは、例えばスポーツベッティングとの関連性についてはどうお考えでしょうか。

バロ 今、米国ではプロスポーツとベッティング関連企業の提携が相次いでいます。ただ、こと日本のeスポーツがベッティングと関係していくことについては、否定的とまでは言いませんが時期尚早だと考えています。韓国の場合、2010年頃にeスポーツで八百長事件が起き、業界全体が大きなダメージを受けました。そういった事例を見ると「守りのビジネス」の観点が足りていなかったと感じます。だからこそ、日本の場合は我々のような存在がガバナンスを整備するところから支えていきたいと思っています。

多分この人、スポーツベットそのものが全く判ってないです。彼が語っている「米国ではプロスポーツとベッティング関連企業の提携が相次いでいる」という現状認識は正しいですが、これとその後で語られている八百長の発生リスクの問題とは「全く無関係」の独立事象です。スポーツベットが合法化されている国や地域に存在するスポーツベット企業は、原則的に当該スポーツ競技団体との提携が「ある/なし」に関わらず「外馬で(第三者として)」ベットを成立させています。

例えば、日本では当然ながらスポーツベットは合法ではないですし、日本の各プロスポーツ団体はベッティング企業となんら提携関係は持っていないですが、イギリスのベッティング企業は日本のプロ野球やJリーグの試合はおろか、大相撲の試合結果までもを賭けの対象として受け入れている。そういうところに反社会的組織が紛れ込んだ時に八百長が発生するわけで、日本のプロ野球、Jリーグ、大相撲などはベッティング企業との提携関係はないですが、一方の八百長リスクには現時点でも晒されていると言えるわけです。

また、イギリスなどではすでに世界の主要なeスポーツリーグや大会の試合結果も賭けの対象として扱われ始めており、日本のeスポーツ産業が大きく成長し、世界認知が高まれば必然的に賭けの対象として扱われ、そこに八百長リスクが発生するでしょう。上記インタビュー内で紹介されている2010年に韓国eスポーツ産業で起こった大規模八百長事件は、まさにそういう背景で発生したものであって、繰り返しになりますがそこに提携の「ある/なし」は一切関係がありません。

ということで冒頭でご紹介した記事に関してツラツラと書いてきましたが、一点だけ改めて申し上げたいのは、いつまでも「日本はeスポーツ後進国」と言い続けることは辞めましょう。今、我々が日本のeスポーツ産業に何らかの問題を抱えているのだとすれば、日本なりの個別の問題背景に起因するものであって、いつまでも「日本は後進国だから」と環境のせいばかりにしていても何ら産業の未来は開けないと個人的には考えているところであります。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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