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「ワタミ隠しで業績改善」報道はちょっと可哀そうだ

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

数年前、ブラック企業問題で「やり玉」に挙げられた居酒屋「ワタミ」に関して、以下のような報道が飛び交っている。

ワタミ好調の理由は「ワタミ隠し」か 新業態で店名変更、「鳥貴族」を思わせる店も

http://blogos.com/article/198032/

ワタミは「和民」「わたみん家」など一目でワタミグループだと分かる店舗を「三代目鳥メロ」「ミライザカ」などの新業態に次々と転換。11月10日放送の「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)では「ワタミ隠しで業績回復!?」と報道され、ネットで物議を醸していた。

まず実態を言えば旧ワタミのようないわゆる「総合居酒屋」と呼ばれる業態が低迷していて、チェーン企業としての仕入れの共有化を維持しつつ各店舗がメニューを絞って専門居酒屋へと業態転換しているのはワタミだけの話ではなくて、ここ数年続く居酒屋業界のトレンドです。なので、これを「ワタミ隠しで業績改善」と報じてしまうのは、ワタミさんにとってあまりにも可哀そうであります。

次に、かつて大炎上したワタミの「ブラック企業」問題でありますが、ワタミが今どういう状態なのかはよく判らないですが、そもそもかつて糾弾された「意識高い系ブラック」(いわゆる「やりがい搾取」)の風潮はワタミだけではなくて居酒屋業界で一時期、というか今も全体的に蔓延していた(いる)もの。もっといえば、この「意識高い系ブラック」の風潮は居酒屋業界のみならず日本のホスピタリティ業の現場において共通に見られる業界病理でありまして、その理由は非常に簡単。日本のホスピタリティの現場は「お客様から頂く料金は一定にも関わらず、そこに果てしない無限の『サービス』を求められる」からで、これこそが我が国のホスピタリティ業のブラック化の最大要因なのです。

私自身は米国のホスピタリティ業出身の人間でありながら、あまり「欧米では…」という表現を好まない人間ではありますが、この点に関してあえていうのならば、提供したサービスの分だけお客様側からチップとして役務報酬を受けるシステムである欧米圏においてはこういう「意識高い系ブラック化」というのは基本的に起こらないお話。お客様側は通常とは異なる特別なサービスを受ければ、そこに付加的な役務報酬(チップ)を追加しなければならないというのが「当たり前」でありますし、日本の(一部の)お客様のように350円の牛丼の提供にフルサービスレストランと同等のサービスを要求するなどということはない。逆に高いホスピタリティを提供する現場は「お客様からより良いチップを受ける為に」卓越したおもてなしを提供しようとするものであり、お金の為にサービスをするという文字通り「プロフェッショナル」な世界であって、私がかつて勤めていたカジノ業界というのはまさにその究極ともいえる業種でありました。(私はサービスマンではなかったが)

一方、日本のホスピタリティ業界はというと、そもそもチップという文化がない上に、「お客様は神様」「一円でも金を払っている限りは客」などという暴論が一般に未だ違和感なく受け入れられてしまう風潮がある為、必然的にお客様から求められる無限のサービス要求に対する役務報酬が非常に少なくなる。これを補完する為に、多くのホスピタリティ系企業は「やりがい」とか「おもてなし」とかいう「美しい」言葉で従業員に対する金銭以外の精神的報酬を演出するワケですが、これは裏返すとまんま「意識高い系ブラック」になってしまうわけです。例えば数年前まで「至極のホスピタリティ居酒屋」などという触れ込みでもてはやされた居酒屋「てっぺん」なんてのも、まさに「裏返せばブラック」の象徴のような業態であったわけで、そういう諸々の反省を受けて鳥貴族さんや塚田農場さんなど一部で「脱ブラック」を掲げる企業さんが出て来たのも事実ですが、これもまた一部では「思わぬ誤算」などとして報じられてしまっているワケです。

鳥貴族と塚田農場、「脱・ブラック居酒屋」を掲げるも思わぬ誤算

http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20160830/Harbor_business_107227.html

とうことでワタミの話に立ち戻ると、数年前のワタミの「ブラック企業」問題はそもそもはワタミだけを叩いても何の解決にもならないもの。もっというとワタミが当時「やり玉」に揚げられ、それがエスカレートしていったのはその経営者である渡邊美樹さんが自民党の公認候補として政治家に転身をしたのをキッカケに、かねてからブラックバイト問題の「労働争議化」を狙っていた(それそのものは悪いことではないのだが)いわゆる左派系運動家の方々が政治キャンペーンとして煽りに煽ったという側面があったのは否定できないワケで、結果としてその運動が「ワタミ批判を通じた自民党批判」にしかなっていなかったのは、私としてはナンダカナァというところもあったワケです。

要はこの種のモノは、もうちょっと引いた目線から日本のホスピタリティ業界全体の問題として「如何にお客様から『正しく』役務に対する報酬を頂くのか」(=如何にサービスを価格転嫁するか)を考えて行かなければならないものであるし、消費者側の目線では「チップ」という報賞制度を今さら採用するのは無理にしても、良いサービスを提供するお店には「あえて」お店が儲かりそうな注文を一品追加してあげるとか(ウーロン茶もしくはウーロンハイ一杯で良いです)、むしろ「意識高い系消費者」としてお店を陰ながら支えてゆくという試みを静かに広げてゆきたいものだなぁ、と思う所であります。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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