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世界を知る八村世代に直撃! 納見悠仁「強気な姿勢に拍車をかけたU16と17代表での経験」

青木崇Basketball Writer
U17のオーストラリア戦での納見は20点の大活躍  (C)FIBA.com

 納見悠仁という選手についてまず思い浮かぶことは、肝心な局面で強気なプレーを発揮できるという点。2015年のウィンターカップ、土浦日本大高と対戦した決勝の主役は、34点、19リバウンドを記録した八村塁だった。しかし、明成高が逆転勝利を手にする過程で、納見は4Qだけで11点をゲット。4本決めたFGのうちの2本は速攻からのドライブ、そのうちの1本がユーロステップから左手でフィニッシュという見事なプレーを見せていた。高校での3年間について改めて質問すると、納見は次のように返答する。

「本当に体力的にもメンタル的にもきつかったんですけど、これだけの努力をすればこれだけの結果が出るというのを示させてくれましたし、あのようなバスケに集中できる環境、指導者、塁のような選手と一緒にできたのは自分にとっていい経験になったし、財産。そこを軸に土台となって今があります」

 

アンダーカテゴリーで経験した屈辱を糧に…

 現在の納見はポイントガードだが、元々がシュート力を武器にしていたコンボガード。横須賀学院中3年の時にU15代表の候補になると、全国中学校バスケットボール選手権を終えたばかりの八村と合宿で初めて対面する。明成高でチームメイトになるきっかけは、「話はしていたんですけど、僕が一緒に行こうよって感じになっていて…」という納見からのアプローチだった。

 それから1年後の2013年秋、明成高の1年生となっていた納見はU16日本代表のメンバーに選出。八村と牧隼利(当時福岡大附大濠高)が得点源となった日本は、U16FIBAアジアの3位決定戦でチャイニーズ・タイペイを下し、U17FIBAワールドカップの出場権を獲得する。しかし、控えのシューティングガードという役割だった納見は、準々決勝の韓国戦とチャイニーズ・タイペイ戦での出場時間がともに0分。準決勝の中国戦では17分間で16点を奪ったものの、大差がついためにスターターを休ませるという状況で起用されたことを屈辱と感じていた。

「思い出すことはないですけど、あの時は相当悔しかったですね。同級生が出ているのに自分は噛み合わなくて。帰ってから、それを(明成高の佐藤)久夫先生もわかっていました。あのような悔しい思いがあったので、日本にいる時は結果を出す、一緒だった連中と対戦した時は負けたくないといのがすごくあって、そんな気持ちでプレーしていました」

 今振り返ってみると、高校時代の納見が強気な姿勢を決して失わず、肝心な局面でいいプレーを発揮して明成高のウィンターカップ3連覇に貢献できたのは、U16日本代表での出来事が糧にしていたことが大きい。コート上での表情や姿勢に出ることはないものの、アメリカのアスリートからよく聞かれるフレーズ、“Chip on your shoulder(ケンカ腰)”のメンタリティを心の中に秘めていたのだ。

2014年に八村とともに世界レベルを体感した納見 (C)FIBA.com
2014年に八村とともに世界レベルを体感した納見 (C)FIBA.com

 U17FIBAワールドカップでの納見は、U16の時と違って控えのガードとしてローテーション入りし、オーストラリアとの初戦では3Pを4本決めるなど20点の大活躍。日本は大金星を手にする寸前の戦いを見せたものの、延長で力尽きて84対97で敗れた。「ワールドカップに行くまでの間ずっとオーストラリアにフォーカスし、初戦で勝つためにスカウティングをしていました。そこをターゲットにやっていたので、落としてしまったのは大きかったですね」と振り返ったように、日本は2戦目のカナダに44点差、3戦目のフランスに45点差での大敗を喫してしまう。

 次のアメリカ戦、日本は38対122と実力差を見せつけられたと同時に、八村が将来のNBA候補生と呼ばれた選手たち相手に25点を奪ったことで注目を浴びる。その一方で、同年代の世界トップレベルを体感できる機会という大きな意味を持つ試合で、納見はまさかのアクシデントに見舞われていた。

「その日39度くらい熱があって、声が出なくて午前中の練習に参加できず、試合だけという感じでした。(試合は)なかなかインパクトがありましたね。同学年であんなレベルを見られたのは本当にすごかったです。一発目リバウンドをとられてダンクされた時、違うなと。試合前のスカウティングでもスタッフが違うなという感じがあったので、完全に飲まれていましたね」

 健康な状態で試合に出たかったという悔いがあるものの、2分間でもコートに立てたことは納見にとって貴重だった。

ポイントガードこそが自分のポジション。それが新潟に移籍した理由

 納見がポイントガードを本格的に始めたのは高校3年生の時。青山学院大に進学後は、ひざの故障もあって持ち味を発揮できない時期も経験したが、回復して臨んだ最上級生のシーズンではチームが関東大学バスケットボールリーグで2位という成績を残す原動力になった。「全体を見て、一番周りを使えるというか、指示をして動かせる」ことをポイントガードの魅力と語る納見は、チームメイトと自身の得点機会創出という点で大きな自信を手にした後、島根スサノオマジックの特別指定選手としてBリーグに挑んだ。

 シーズン途中での入団、それもルーキーということを考慮すれば、出場機会を得るのは容易でない。新型コロナウィルスの感染拡大によってシーズンが途中でキャンセルされるまでの間、納見は11試合に出場し、10分以上プレーしたのが4度あった。ただし、起用されたポジションはシューティングガード。大学のシーズン後すぐにBリーグで試合ができた利点として、「サイズ感の違いとか、考え方の違いというところで、少し早く体に馴染ませることができたと思います」と話したものの、ポイントガードでプレーしたい思いは強かった。

 島根から新潟アルビレックスBBへの移籍は、ポイントガードとして出場できる可能性を優先した決断。先発には経験豊富で今も中心選手である五十嵐圭がいるものの、練習で常にマッチアップすることもあり、納見は「経験を積んだ選手、あの年齢までやれるというのは駆け引きのうまさがあると思うので、そういうのを経験できるのはすごくいい環境にいると思えるので、吸収できるところは吸収して、圭さんのないところを自分の中で見つけて、その良さを引き出せたらと思います」と前向き。また、今季からチームを率いる福田将吾コーチからは、基本的にポイントガードで使うと言われている。

 

福田コーチからはポイントガードとしての活躍を期待されている (C)Takashi Aoki
福田コーチからはポイントガードとしての活躍を期待されている (C)Takashi Aoki

 新潟の地で迎えるプロ1年目で成し遂げたいことは何かと問うと、''「まず、試合に出て、試合の中で結果を出す。ルーキーだからというのではなく、試合に出たら関係ない。自分の良さを最大限に出して、その中で同級生には負けたくない。結果を求め、尚且つチームの勝利にフォーカスしてやっていけたらと思っています」'''と返答した納見。高校の3年間で苦楽を共にし、尊敬でき、見ていて刺激になると存在という八村と再び一緒にプレーできる機会を実現させるために、努力の日々を歩み続ける。

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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