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短大からNCAAのネブラスカ大への編入内定。渡米後も着実にバスケ選手として成長している富永啓生

青木崇Basketball Writer
レンジャー・カレッジの得点源として活躍中の富永 (C)Takashi Aoki

 ダラス・フォートワース国際空港から高速道路で西へ112マイル(約180km)。アップダウンがあるとはいえ、ほとんど変わらない景色の中を車で走ること約2時間、愛知県の桜丘高校卒業後に渡米した富永啓生が通う短期大学のレンジャー・カレッジがある。テキサス州レンジャーは推定人口が約2500人という小さな市であり、キャンパス内の建物はすべて平屋。富永が練習や試合を行う体育館の収容人員は約500人、舗装されていない道路が普通にあるという田舎だ。

 しかし、NCAAディビジョン1でプレーするために必要な学力をつけることと、バスケットボールのレベルアップに集中できるという意味では、富永にとって絶好の環境と言える。昨年11月1日のデビュー戦で19点を記録すると、16日のビクトリア・カレッジ戦で8本の3Pシュートを含む34点の大爆発。富永の存在はあっという間にNCAAディビジョン1のチーム関係者に知れ渡り、28日にはNCAAトーナメント優勝した実績を持つ大学が5つもあるビッグテン・カンファレンスに所属するネブラスカ大に、2021年秋から3年生として編入することが内定したのだ。

 3Pシュートを武器にレンジャー・カレッジの得点源となった富永は、3月4日時点で31試合に出場し、平均16.8点、3P成功率47.9%の数字を残している。レンジャー・カレッジを率いるビリー・ギリスピーコーチは、テキサスA&M、ケンタッキー大というNCAAディビジョン1を指揮した経歴を持つ。ミスがあれば大きな声で指摘する妥協を許さない厳しいコーチの下、富永は着実に進歩している。

 2月24日の午後、アシスタントコーチを務めるジェームズ・スタフォードの多大なるサポートによって、練習の見学と富永の取材が許可された。レギュラーシーズン最終戦まであと2日ということもあり、コーチ陣の厳しい声が飛び交い続けた約2時間の練習後、富永から渡米に至る経緯から現在について、いろいろ話を聞くことができた。

レンジャー・カレッジが練習とホームゲームを行うロン・バトラー体育館 (C)Takashi Aoki
レンジャー・カレッジが練習とホームゲームを行うロン・バトラー体育館 (C)Takashi Aoki

国際大会での活躍をきっかけにアメリカ行きを決断

Q レンジャー・カレッジに決まるまでの経緯を話してもらえますか?

富永啓生(以下富永) 決まるまでのプロセスですが、最初日本の大学かアメリカの大学かで悩んで、どちらかに決めなければいけない期限がありました。そこでアメリカに進学することを決め、そこからいろいろな大学を探したんです。何校かNCAAディビジョン1のチームから声がかかって行く感じになっていたんですけど、頭(成績)の部分が引っかかりました。そこでどうするかということになったとき、ドイツも見に行くなどいろいろしていましたが、声をかけてきたのがここ(レンジャー・カレッジ)で、元ケンタッキー大のコーチが教えているということと、去年ジュニア・カレッジで全米2位というレベルの高いところということで決めました。

Q アメリカでやりたいと思うようになったきっかけ、エピソードはありますか?

富永 それはアンダー18のアジア選手権ですかね。そこでちょっと活躍できて、日本国内だけでなく国外でも活躍できる選手になりたいということで、トーステン(ロイブル)コーチからも海外の選択肢もあるよと言われました。そのくらいからですかね。

Q やはり、バンコク(U18アジア選手権の開催地)に行ったことが意識を変えたわけですか?

富永 そうですね。(準々決勝で負けた)オーストラリアは高さもあって、そう簡単に得点できなくなりました。あのような相手でもコンスタントに20点、30点取れるようになりたいというのがあって、(アメリカに)行こうと決めましたね。

Q 以前イベントで一緒にプレーしたステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)からアドバイスをもらったと思いますが、その中で最も印象に残っていることは何ですか?

富永 自分の中で印象に残ったのは、カリーも元々注目されていた選手だったわけではなく、いろいろな挫折を味わったと言っていたことです。ケガもあったし、コーチから出してもらえないときもあったと…。それでも、自分(の意志で)でシューティングをだれよりもやって、信頼を勝ち取れるまで頑張ったと言っていましたので、それが一番印象に残りました。

Q アメリカに行きたいという意志を伝えたとき、両親はどんな反応をしましたか?

富永 自分がアメリカに行きたいと思う前から多分、親としてはアメリカに行ってほしかったんでしょうね。自分からはそういう風に吹っ切れなかったけど、アンダー18がいいタイミングになり、トーステンコーチに言われたのをきっかけに伝えたら、親は“いいんじゃない”という感じになりました。

Q 1年間でU16とU18を経験して、その時に負けた悔しさは大きなモチベーションになっていますか?

富永 あそこで世界に行けなかった悔しさはすごくありますね。

全体練習開始前にシューティングを行う富永 (C)Takashi Aoki
全体練習開始前にシューティングを行う富永 (C)Takashi Aoki

勉強で苦労しながらもバスケットボールに集中できる環境にいる

Q アメリカに来た時、最初の印象はどんなものでしたか?

富永 来たばかりのころは本当にパスが回ってこなくて、みんな“自分が、自分が”という感じでした。ここに来たときも最初はチーム練習ではなく、オープンジムみたいな感じで5対5やっていくんですけど、信頼されていないからまったくパスがもらえずにいました。ちょっと(シュートを)決め出すともらえるようになりましたけど、最初は自分がという意識が強い中でやっているんだなと思いました。元々わかっていたんですけど、(実際は)それ以上でした。

Q テキサスに来てから目標に向かっての第一歩を踏み出したという思いはありましたか?

富永 ここからがスタートだなという感じでしたね。

Q 初めてここに来たとき、すごい田舎だなという衝撃がありましたか?

富永 車で空港から送ってもらったんですけど、もう本当に景色が変わらないんですよ。どこまで行くんだろうなという感じで、どこにいるのかも全然わからないと思いながら、着いたところがとんでもない田舎でしたね。

Q バスケットボールと勉強だけに集中できる環境と言えますが…。

富永 確かにそう思います。いろいろあると遊びに行ってしまうことも多くなるかもしれないけど、ここは遊ぶところが全然ないです。

Q バスケットボール以外は体を休めるか、勉強ということになりますが、学業できついと思う部分はどこですか。

富永 基本の英語のところがとりあえず…。最初のセメスター(学期)は結構簡単な授業を入れてくれたので楽に行けたんですけど、今は文法的なところやイディオムが難しくなっていて、かなり苦労しています。

Q しっかり勉強する習慣は身についた感じですか?

富永 時間を作って勉強するということは、高校の時に比べれば全然できています。

Q 渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)が以前言っていたこと(言葉の壁)を何となくわかった感じですか?

富永 わかりました。最初は(英語が)何も通じないし、みんな喋りかけてくるけど、何を言っているか全然わからない。最初の2〜3週間はめちゃめちゃ辛かったですね。

Q 勉強もバスケットボールも頑張っている生活は、楽しい部分と苦しい部分の両方があると思いますけど、割合としてはどんな感じですか?

富永 楽しい部分のほうが多いです。チームメイトともめちゃめちゃコミュニケーションをとって、普段から一緒に過ごすようにしていますから。

Q バスケットボール自体も日本と全然違うと思いますが、パスが回ってこなかったということ以外で、アジャストで苦労したことはありますか?

富永 このチームはどちらかと言えば、日本のチームと近いかなと思います。チームプレー中心でやっていますから。ただ、能力が高いし、手も長い。日本だと3Pをブロックされたことはないけど、ここではブロックされる。いかにフリーになって打てるかというところを、今頑張っているところです。

Q 日本にいると長さや跳躍力を守られた時に体感できない部分だと?

富永 そうですね。日本にいたら自分が大きいほうになるので…。

デビュー戦から活躍し続けたことによって、来年秋からNCAAでプレーする機会を得る

Q ジュニア・カレッジのレベルでは十分通用することを証明しました。ネブラスカ大から勧誘されましたけど、もう少し他の大学をチェックせず、早めにコミット(進学内定)した理由は何ですか?

富永 ヘッドコーチがいいというのもあったし、今は結果が出ていないけどこれからのチームだと言われて、条件的にもよかったという感じです。あとはアシスタントコーチと元々つながっていたというのもありました。

Q そのつながりとは?

富永 高校のときにディビジョン1の大学で考えていたところのアシスタントコーチで、リクルーティングで関係があった人です。

Q ネブラスカ大のフレッド・ホイバーグコーチと話をする機会がありましたか?

富永 ビデオ通話では何回かありますし、1回試合にも来てもらい、その時にも話をしました。「3Pシュートはすごいから、これからも高いレベルを保ち続けてほしい」と言われました。すごく楽しみです。

Q ネブラスカ大はビッグテン・カンファレンス所属で、フィジカルなプレーをすることで知られています。ミシガン・ステイト大、ミシガン大、オハイオ・ステイト大、インディアナ大、今季はメリーランド大も強いですけど、2021年からこのような相手と試合ができるチャンスを得たという心境は?

富永 すごくワクワクしています。そこにはNBAに行くような選手ばかりがいるようなところだから、自分がどれだけできるのかを試すために、できる限り今のうちにいろいろな部分で成長して、そのレベルで戦える選手になりたいです。

Q 現在レベルアップするために取り組んでいることは何ですか?

富永 それは中での得点ですかね。日本だと取れていた部分があったんですけど、こっちに来てからは外ばかりになっている部分があります。外ばかりだと相手は止めるのが簡単になってしまうから、もうちょっと中と外の割合をうまくできるようにしたいです。

Q やはりペイントアタックからのフローターですか?

富永 そうですね。あとはもう少しうまく体を当ててとか、体を強くしてということですね。キックアウトからのアシストも。

Q 渡邊、八村塁(ワシントン・ウィザーズ)、馬場雄大(テキサス・レジェンズ)の存在は、いい意味で影響を与えてくれていますか?

富永 3人とも経緯が違うじゃないですか。八村さんは元々NBAに行けるような大学に入って、活躍してからNBAでスタメンになっています。毎試合のように見ていますし、本当にすごいです。渡邊さんはプレップ・スクールから始まって、NCAA行ってからものすごい努力をして、今はグリズリーズと2ウェイ契約をし、Gリーグでめちゃめちゃ得点を取っています。馬場さんはBリーグで活躍してから、Gリーグでも活躍しているのがすごいと思います。

Q 富永選手はジュニア・カレッジからNCAAディビジョン1、それからNBAというまた違った道のりを歩み始めたところですね?

富永 はい、そうです(笑顔)。

Q ギリスピーコーチのアドバイスで一番心に残っていることは何ですか?

富永 とりあえずシューターとして使われていて、とにかく空いたら打てと徹底的に言われています。シュートを打った後のフォロースルーがしっかりできていないと、コーチからすごく厳しく指摘されますね。たまになあなあみたいになってしまって“ポーン”と打ってしまうと、めちゃめちゃ言われます。フォロースルーをしっかりということですね。

Q 腕の長さと高さがあるから、クイックリリースへの意識が強くなっているわけですか?

富永 それは最初からありました。あとはディフェンスの部分ですね。日本と違って1対1の能力がすごく高くて、速いし、フィジカルもあるということで、最初は本当に苦労しましたけど、今は少しずつ守れるようになってきたと思っています。

Q 最後に、アメリカはうまくなれる環境があると実感できますか?

富永 それは間違いないですし、うまくなれる環境があると思います。気持次第ですね。

言葉の壁がまだ残る富永はアシスタントコーチの話を最前列で真剣に聞く (C)Takashi Aoki
言葉の壁がまだ残る富永はアシスタントコーチの話を最前列で真剣に聞く (C)Takashi Aoki

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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