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田中大貴はルカコーチとの出会いがきっかけで進化し、この3年でB1屈指のオールラウンダーへと飛躍

青木崇Basketball Writer
田中の存在はアルバルク東京がいい形でオフェンスをクリエイトするうえで欠かせない(写真:松尾/アフロスポーツ)

 2016年7月、日本代表はセルビアのベオグラードでリオデジャネイロ五輪の最終予選に出場し、ラトビアとチェコというヨーロッパの強豪と戦っていた。しかし、2012年のFIBAアジアカップから代表に入っていた田中大貴の姿はなかった。複数のポジションをこなせるオールラウンドな能力は大きな魅力だったが、直前の中国遠征では出場機会に恵まれないまま、メンバーから外されたのである。キャリアの中で最も厳しいと言えるような経験からしばらくの間、田中は苦しい時期を過ごした。しかし、2016年12月に日本代表の暫定ヘッドコーチに就任したルカ・パヴィチェヴィッチとの出会いが、真っ暗なトンネルから抜け出すきっかけとなる。

 モンテネグロ代表などヨーロッパで数々の経験をしてきたパヴィチェヴィッチは、「大貴のゲームには質の高さと武器が揃っている。ただし、それらを一貫して発揮するための準備ができていなかった。フィジカルに、最高のインテンシティで、アグレッシブにプレーし、タフさを常に発揮することだ。彼の中には2人の大貴がいた。一人が心身両面で準備万端なのに対し、もう一人は気分がいまひとつでベストな大貴じゃないこと。我々が強調してきたことの一つは、2人の大貴が常にいるということだった」と、メンタル面で変化が必要だと感じていた。2017年6月にパヴィチェヴィッチがアルバルク東京のヘッドコーチに就任すると、田中はこの機会を最大限に生かそうと考えるようになっていく。

「やはり面と向かって“もっといい選手になれる”と言ってくれますし、もっともっとやらなければいけないことを言ってくれますし、自分にすごく期待してくれているなというようなことは一緒にやっていて感じる。世界中でいろいろな経験のあるヘッドコーチなので、認めてもらえるようにというのはありますね」

 田中のオールラウンドな能力を買っているパヴィチェヴィッチは、ピック&ロールでボールを持たせてオフェンスの起点となる役割を与えた。日頃のハードな練習と試合の積み重ねにより、ディフェンスが何をやってくるのかという気付きと読みが上達し、自身やチームメイトの得点機会をクリエイトできるパターンも増加。小さなことも詳細に指摘するコーチングによって、田中はオールラウンドなスキルを賢い判断の下で発揮できるようになったのだ。

 その成果は、アルバルク東京のBリーグ2連覇で十分に証明済み。日本代表でも11月30日のカタール戦、ポイントガードの富樫勇樹(千葉ジェッツ)が足首捻挫でベンチに下がった後、オフェンスの起点となるボールハンドラーとしてすばらしい仕事をしていた。器用貧乏という感じも出始めていた2016年当時と違い、パヴィチェヴィッチによって田中が自信に満ち溢れたB1トップレベルのオールラウンダーへ成長したことに疑いの余地はない。B1ファイナルの3Qにギャビン・エドワーズからファウルをもらいながら、ドライブでフィニッシュして3ポイントプレーになった直後、フロアに座りながら両腕に力こぶを作ってのガッツポーズは、その象徴と言えるシーンだった。

「まちがいなくこうやって3年連続でこの舞台に立てるのも、チームとして2年連続でいい思いができているのも、彼の力が相当大きいと思います。自分にとっても大きいですし、本当に彼の下で成長させてもらっているなということはすごく思います。今までと違って、自分に長い間ボールを触らせてくれるようなシステムだと思っていますし、そこのところで彼に認められたいという気持ちが出会ったころからずっとあるので、ワールドカップやオリンピック以外だと、彼に認められたいというのは結構自分の中で大きな部分を占めているのかなと思います」

  

 3年連続でB1のベスト5に選ばれた田中だが、今シーズンのパフォーマンスについては決して満足していない。「今シーズンに関しては試合に出られなかった期間もありましたし、個人的に選出されないだろうなと思っていました。自分の中ではあまりうまくいった感じが思い返せないくらい、フラストレーションがたまるシーズンだったと思います」と語ったのは、もっとうまくなりたいという思いからくるもの。試合終盤に自分のシュートでチームを勝利へ導く強いメンタリティの発揮は、田中が来シーズンでレベルアップしたい部分の一つである。

「正直な話情けないですけど、今シーズンうまく波に乗れなくて自分に自信がないまま進んでいったせいか、最後の最後で自分が自分がという気持ちになることが少なかったと思います。そういうところで自分はまだまだ弱い人間なので、そういったところで仕事をしてこそだと思うから、強いメンタリティを持つことは大事。他の選手がどうこうというのはないですけど、自分は特に遠藤(祐亮:栃木ブレックス)選手を見ていても、あれだけ自信を持ってプレーすることですごく大きく変わるんだなということを、敵ながら感心されられた部分もあります。自信を持ってコートに臨めるようにしっかりいい準備をすることも大事ですけど、もっとハングリーさを出していけたらいいのかなと思います」

 8月31日から始まるFIBAワールドカップは、田中にとってハングリーさを出せる絶好の機会。代表メンバーとなってから初めて世界レベルを体感できる大会であり、9月5日のアメリカ戦ではNBAのスター選手たちと戦える。アルバルク東京のチームメイトである馬場雄大のように、“NBA選手になることが目標”と公言こそしていないが、心の奥底にBリーグより高いレベルでプレーしたいという気持ちはある。それは、「ワールドカップでいいパフォーマンスができれば、自分の評価を上げるきっかけにもなると思います。そういった大会はいろいろな人が見ていると思いますから、そういった意味でそこに対するモチベーションが自分にもあります」という言葉でも明らかだ。

 2016年6月に味わった悔しさは、クールな男の心に火をつけ、パヴィチェヴィッチとの出会いによって飛躍への道を切り開いた。Bリーグ2連覇、日本代表としてワールドカップ予選を勝ち抜いた経験を糧に、田中が世界の舞台で存在をアピールする覚悟を持っているのは間違いない。

「東京オリンピックはあっという間に来ると思いますし、それを考えると無駄にできる時間が本当にない。1日1日を大切にして、ワールドカップで自分がどれだけいいパフォーマンスができるのか? それを踏まえた上で次の年のオリンピックでどうするのか? ということを考えながら、大袈裟に言えば、自分のキャリアの中でも今年の夏と次の年というのはすごく大きな年になると思うので、そこにすべてをぶつけるつもりでやりたいなと思います」

 

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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