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Bリーグが提唱している夢のアリーナ誕生への期待は沖縄にあり

青木崇Basketball Writer
常に満員の観客で埋まる琉球のホームゲーム (C)Takashi Aoki

「夢のアリーナ」

 これは、川淵三郎日本バスケットボール協会前会長、大河正明Bリーグチェアマンがしばしば口にしている言葉。Bリーグの各チームは今季、プロジェクションマップなどファンを楽しませるための演出に力を入れ、天井から大型スクリーンを吊るしてスコアボードにする会場も増えてきた。しかし、アリーナという名前がついていても、大半は元々競技者を優先するための体育館として建設されたものであり、フロアを含めた館内は土足禁止が基本。Bリーグのチームは、マットを敷くことで上履きへの履き替えをなんとか回避させているといえ、その環境を作るために多くのマンパワーを必要としている。

 個人的な見解を言わせてもらえば、競技やイベントを行う階が床という施設はアリーナと呼びたくない。こんなエピソードがある。1990年11月、フェニックス・サンズとユタ・ジャズによる第1回ジャパンゲームスが行われた際、NBAは会場となった東京体育館の床でプレイさせることにNOを突きつけた。”床が硬すぎて、選手により負荷がかかる”というのがその理由。試合を行うにあたり、東京体育館の床の上に人工芝を敷き、その上にアメリカから船便で運んできた床を組み立てて、NBA基準のコートを作ったのだ。下の写真を見ればわかると思うが、フロアとコートの間にあるスペースは、選手が倒れた時の衝撃吸収という意味合いもある。

NBAのアリーナはコートとフロアの間に10cmほどのスペースがある (C)Takashi Aoki
NBAのアリーナはコートとフロアの間に10cmほどのスペースがある (C)Takashi Aoki

 NBAのアリーナでは、コンクリートや石でできたフロアの上にコートが組み立てられる。ニューヨーク、ロサンジェルス、シカゴ、ワシントンDCのように、NHLのアイスホッケーチームもNBAチームと同じアリーナを本拠地にしている場合は、コートの下に氷のリンクがある。アリーナのフロアをコンクリートで舗装にしているのは、室内スポーツだけでなく、様々な分野のイベントを開催するための最低条件。機材を運搬するトラックやフォークリフトが稼働しやすくなり、それぞれのイベントに合わせた舞台作りを短時間で行えるのだ。もちろん、観客席から見やすい環境を作ることを優先すると同時に、バスケットボールであれば、選手がコートに入る導線に段差ができないような工夫もされている。

コートに入る通路は手作り感があるバリアフリー (C)Takashi Aoki
コートに入る通路は手作り感があるバリアフリー (C)Takashi Aoki
NBAのショットクロックは4方向から見られる (C)Takashi Aoki
NBAのショットクロックは4方向から見られる (C)Takashi Aoki

 NBAアトランタ・ホークスの本拠地であるフィリップス・アリーナは、こんな映像を公開している。現時点でBリーグのチームが本拠地としている施設で、7つのイベントを8日間で開催できるところはないだろう。日本でこのようなことができるアリーナは、さいたまスーパーアリーナか横浜アリーナなど非常に限られている。川淵前会長や大河チェアマンが提唱する夢のアリーナは、最初から床が敷かれている旧態依然ものでなく、様々な用途で使える施設でなければならないのだ。

 そんなアリーナを最初に実現しそうなのはどこか? と問われたら、筆者は躊躇することなく沖縄と答える。

 琉球ゴールデンキングスは、bjリーグ時代から観客動員数の多い人気チーム。本拠地の沖縄市体育館で行われる試合は、そのほとんどがチケット売り切れとなる。そんなチームにとって重要な存在が、ニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)に12年間勤務し、NBAのビジネスを熟知している安永淳一。ネッツが以前本拠地としていたメドーランズ・アリーナの近くにチーム専用の練習場を建設した際、安永は大きな役割を担った。NBA全チームの練習場をみずから視察し、いい部分と悪い部分を徹底的に分析。また、練習場の照明とその明るさをメドーランズ・アリーナとまったく同じにするなど、NBA最高レベルの練習環境を整えた実績を持つ人物なのだ。

 2007年7月から琉球の重役となった安永は、時間をかけて沖縄市との協力体制を築き、新しいアリーナ建設実現にこぎつけた。アリーナ建設に関係する沖縄市の職員たちを3度に分けてアメリカへ連れて行き、ゴールデンステイト・ウォリアーズがサンフランシスコで使用する新アリーナの建設現場、ネッツの本拠地バークレイズ・センター、NFLのスタジアムなどを視察。素晴らしいアリーナを完成させるために必要な情報を収集し、それを地元自治体と共有できている点で、琉球はどのチームよりも進んでいると言っていい。それは、沖縄市が計画しているアリーナ建設の資料12を見れば明らかだ。安永はこう語る。

「アメリカは新しいものができると、より良いものを作ろうとするが、日本はそれと同じようなものを作る」

 2020年に運用開始予定の新アリーナは、観客が臨場感を感じることができ、興行者にとって会場設営しやすいトラックなどの車両が直接出入りできることや、防災施設としても使用可能。また、アリーナを1周できるコンコースがあることで、チームグッズを販売するショップや飲食店、体育館だと不足しているトイレのスペースを十分に確保している。NBAのアリーナに行けば当たり前なことが、日本では沖縄でようやく現実になろうとしているのだ。

新アリーナでは会場内ショップの狭さが解消される (C)Takashi Aoki
新アリーナでは会場内ショップの狭さが解消される (C)Takashi Aoki

 今季のB1開幕戦取材は、沖縄市体育館で行った。琉球のファンが試合中に指笛を使うため、相手チームのフリースロー時に起こるブーイングは、まるでヨーロッパのビッグゲームを彷彿させるレベル。これが1万人以上のファンで埋まったアリーナであれば、すごい臨場感を味わえることまちがいなし。沖縄市体育館からすぐそばにある敷地での工事はまだスタートしていないといえ、2020年の完成が今から待ち遠しく、どんなアリーナになるのか非常に楽しみ。今後多くのチームが地元自治体との協力関係をより強化し、沖縄よりもいいものを作ろうという動きに発展するか否かという点でも、注目に値する。

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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