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那須川天心vs.武尊──なぜフジテレビは放送を中止したのか?その理由を考察する

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
6・19東京ドーム決戦で激突する那須川天心(左)と武尊(写真:K-1)

「私が退任すれば…」

「世紀の一戦」那須川天心vs.武尊をメインエベントに開催される『THE MATCH 2022』(6月19日、東京ドーム)まであと19日と迫った5月31日は激動の一日となった。

この日の正午過ぎ、大会の模様を生中継する予定だったフジテレビが、オフィシャルサイトで、こう発表したのだ。

<6月19日(日)の「THE MATCH 2022」は、主催者側との契約に至らず、フジテレビで放送しないことが決まりましたので、ここにお知らせいたします。>

まさかのリリース。

これを受け、『THE MATCH 2022』実行委員会は同日19時から、都内ホテルで緊急記者会見を開いた。出席者は榊原信行ドリームファクトリーワールドワイド代表、中村拓己K-1プロデューサー、伊藤隆RISE代表の3氏。

会見の冒頭で榊原氏は言った。

「とても残念です。突然のことに頭が真っ白になっています。フジテレビさんでの放送を楽しみにされていたファンの皆様に申し訳ない。また放送を通して、格闘家に憧れて志してくれるであろう子どもたちにメッセージを届けたいという思いが両選手にありました。それが叶わなくなってしまったことに対しても、私の交渉力不足も含めてお詫びしたい」

そして、放送中止になった理由についても触れる。

「(放送中止には)いくつかの要因が考えられますが、正直なところ現時点では何が最終的な原因になったのか、明確にはわかりません。

『週刊ポスト』さんに私に関する音声データをベースにした(反社会勢力とかかわりがあるのではないかという)記事が載りました。これはフジテレビさんからすると由々しき問題で、その記事が出る前後から徹底的な身辺調査が私を含め関係各位に行われました。この時に反社との交際がないことはフジテレビさんにも認識してもらえたはずです。

ただ、フジテレビさん社内の中でいろいろな意見があったと思います。格闘技に対して凄く前向きな意見を持っていただける役員の方もいれば、格闘技はやめようという意見の人もいるでしょう。

その中で放送が難しいという空気感が出てきました。

私は反社ではないし、反社との交際もありません。それでも社会的なコンセンサスがフジテレビさんの中でとれないのであれば、私は退任することも考えます。K-1さんとRISEさん両団体の主催として引き続きやっていただく、そうすれば『THE MATCH 2022』を放送しない理由はないんじゃないかと」

5月31日夜、都内ホテルで開かれた記者会見で『THE MATCH 2022』フジテレビ放送中止について話す榊原信行氏(写真:SLAM JAM)
5月31日夜、都内ホテルで開かれた記者会見で『THE MATCH 2022』フジテレビ放送中止について話す榊原信行氏(写真:SLAM JAM)

テレビとネット配信のパワーバランス

さらに、こう続けた。

「この場でお願いですけれど、もう一度フジテレビさんに戻ってきて欲しい。天心も武尊もこの試合が地上波に流れることを期待しています。アンダーカードの選手たちもみんなそうです。断られても諦めきれない、そんな思いでいます」

榊原氏は悲壮に決意を語ったが、フジテレビが放送中止の決定を覆すことはないだろう。

『週刊ポスト』の記事が、今回の放送中止へと至る着火点であったことは容易に想像できる。だが、それだけが理由か。

フジテレビは6月25日に株主総会を開き、そこで社長が交代(金光修氏が退任、港浩一氏が就任)、新体制をスタートさせる。このセレモニーに際して、リスクは排したいと考えている。さらには新体制が「格闘技離れ」に傾いているようだ。

最近、フジテレビは格闘技で苦汁をなめ続けている。

世界のトップクラスで闘う人気プロボクサーの井上尚弥と村田諒太。この二人の試合は長らくフジテレビが放映してきた。しかし昨年末から、それができない状況に陥っているのだ。

昨年12月14日、東京・両国国技館でのWBA世界スーパー&IBF世界バンタム級タイトルマッチ、井上尚弥vs.アラン・ディパエン(タイ)はフジテレビではなく、ひかりTVとABEMAで配信された。

今年4月9日、さいたまスーパーアリーナにおけるWBAスーパー・IBF世界ミドル級王座統一戦、村田諒太vs.ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)を日本国内で生中継したのはAmazonプライム・ビデオだった。

さらに、6月7日の井上尚弥vs.ノニト・ドネア(フィリピン)もAmazonプライム・ビデオでの配信となる。

なぜ、放映権が地上波のテレビ放送からインターネット配信へと移ったか?

理由はシンプルで、放映権料。

2000年代半ばまでの「PRIDE全盛時」のような高額の放映権料を、フジテレビは提示できなくなっている。これも時代の流れだろう。

今回の件に放映権料は直接関係していないと思われるが、フジテレビ内に「格闘技離れ」の空気が漂ったとしても不思議ではない状況なのだ。

『THE MATCH 2022』放送中止には、さまざまな要因が絡まっていたように思う。

地上波のテレビ全国放送のメリットは、闘う選手たち、あるいはその競技が広く世間に知られること。対してネット配信(PPV)では、メジャーな選手がより多額のファイトマネーを手にすることができる。

だから、那須川天心はつぶやいた。

「お金のためじゃねえんだよ、未来のためにやってんだよ、子供たちはどうすんだよ」

武尊も、こう発信した。

「この試合の意味を分かって欲しい。まだ諦めません」

那須川天心vs.武尊の地上波テレビ放送はなくなり、ABEMAでの有料配信のみとなった。

しかしそれで、試合の価値が浮沈するわけではない。「世紀の一戦」へのワクワク感は変わらない。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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