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阿部一二三が余裕を持って金メダルを獲得できた理由──。2つの「絶対的強さ」

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
オリンピック初出場で金メダルを獲得した柔道・男子66キロ級の阿部一二三(写真:ロイター/アフロ)

絶妙のタイミングでの仕掛け

「(どの試合も)ワンチャンスをものにするしかないと思っていました。その自信はあったし、それほどプレッシャーも感じなかった。冷静に自分の柔道ができました。(妹・詩と)一緒に金メダルを獲れ歴史に名を刻めて嬉しい」

涙も興奮もなかった。試合後、淡々した口調で阿部一二三はそう話した。

前日には、男子60キロ級で高藤直寿が、精根尽き果てた闘いの末に金メダルを獲得したが、それとは対照的。阿部は余裕を持って男子66キロ級を制した。緒戦(2回戦)から決勝までの4試合、いずれにおいても観る者に「危ない」と感じさせる場面もなかった。

とはいえ、楽に勝てる状況ではなかったはずだ。言うまでもなく阿部は優勝候補の一角、各国からマークされ組み手も研究し尽されている。技を仕掛けても一本を容易に取れるわけではない。

阿部は、大学2年生の夏(2017年)にブダぺストで開催された『世界柔道選手権』で優勝を果たす。翌年には、アゼルバイジャン・バクーでの同大会を連覇。得意の一本背負い投げ、袖釣り込み腰を面白いように決め無敵を誇ったのである。

だが、その状態は長くは続かなかった。

簡単に一本を奪っていた相手に苦戦するようになってしまう。理由は、組み手を研究され、仕掛ける技を見抜かれ始めたから。

「一二三は、もう怖くない。担ぎ技だけ警戒すれば大丈夫だ」

海外の選手が、そう考えるようになったのである。

そこで阿部は、対策を練った。新たに足技の完成度を高めていく。その成果は、今回の東京オリンピックでハッキリと表れた。

緒戦のキリアン・ルブルク(フランス)戦、準々決勝のバスフー・ヨンドンぺレンレイ(モンゴル)戦、そしてバジャ・マルグベラシビリとの決勝、今大会4試合中3試合を足技・大外刈りで勝利したのだ。

男子66キロ級決勝/阿部一二三vs,バジャ・マルグベラシビリ。冷静に試合を進めた阿部は、大外刈りで技有りを奪い優勢勝ちを収めた
男子66キロ級決勝/阿部一二三vs,バジャ・マルグベラシビリ。冷静に試合を進めた阿部は、大外刈りで技有りを奪い優勢勝ちを収めた写真:築田純/アフロ

仕掛け方も実に見事だった。

上手にコンビネーションを用いる。相手の道着を掴んだ瞬間に、袖釣り込み腰を仕掛けるモーションを起こす。すると相手は担ぎ技を警戒。この直後に不意を突き足技を見舞っていったのだ。

この連続技を繰り出すタイミングも絶妙。試合前半には用いない。試合終盤、あるいは延長戦に入って相手のスタミナが切れかかった時間帯に繰り出す。すると相手が反応し切れず、大外刈りが阿部の読み通りに決まった。

妥協なき練習の賜物だろう。持ち前の強い体幹に加え、技のバリエーションを増やし、仕掛け勘を養うことで阿部は技術における「絶対的強さ」を体得したのである。

決勝戦を闘い終えて試合場から降りる前に、正座をし深々と礼をする阿部一二三
決勝戦を闘い終えて試合場から降りる前に、正座をし深々と礼をする阿部一二三写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

大きかった丸山戦での勝利

彼が得た「絶対的強さ」は、もう一つある。

メンタル面においてだ。

日本には男子66キロ級に、世界に通用する選手がもう一人いる。阿部にとって4歳年上のライバル、丸山城志郎。

『TOKYO2020』柔道競技の日本代表内定メンバーは、2020年2月に発表された。だが、男子66キロ級だけは未定に。阿部か、丸山かを強化委員会が決めかねたからだ。

トータル的な国際大会の実績では、阿部が上回る。しかし両者の実力は互角だった。

2019年4月の『全日本柔道体重別選手権』決勝で両者は対戦。13分23秒の激闘の末、技有りのポイントを得た丸山が勝つ。同年8月、東京で開催された『世界柔道選手権』準決勝でも二人は顔を合わせる。ここでも浮技で技有りを奪った丸山が勝者となり、決勝も制して優勝。阿部は世界3連覇を阻まれている。

だが、同年11月の『グランドスラム大阪』決勝では、延長戦の末に阿部が勝利。通算成績は阿部の3勝4敗。

結局、両者の一騎打ちで日本代表を決めることとなった。

昨年(2020年)12月13日、講道館でのワンマッチ。24分に及ぶ死闘の末、阿部が大内刈りで技有りを奪い勝利した。

「あの試合で勝てたことは大きな自信になりました。あそこで踏ん張れたのだから、どんな状況でも気持ちを切らさずに闘えます。丸山選手との試合のおかげでいまがある」(阿部)

この丸山戦は、阿部にとって極限の闘いだった。なぜならば、ここで負けたら五輪の舞台に立てないのだから。あの緊迫感溢れる闘いに比べれば、世界中から注目される五輪とはいえ精神的負担は軽かったのだろう。

だから、「それほどプレッシャーも感じなかった」と口にできた。阿部はメンタル面においても「絶対的強さ」を手に入れていたのである。

「野村忠宏さん(の五輪3連覇)を超える4連覇を達成する!」

そう公言する阿部一二三。闘いは、これからも続く。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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