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イラク:ナツメヤシが象徴するイラクの諸問題

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イラクは中東におけるナツメヤシの一大産地であり、かつては同国では6000万本ものナツメヤシの果樹が栽培されていたそうだ。しかし、イラクのナツメヤシ農業は様々な危機にさらされており、2022年7月17日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)はAFPを基にイラクにおけるナツメヤシ農業の振興と課題について報じた

 イラク政府の発表によると、2021年にはイラクから60万トンのナツメヤシ(1億2000万ドル相当)が輸出された。ナツメヤシは、イラクにとっては石油に次ぐ輸出品である。一方、イラクでナツメヤシ農業の振興・復興に取り組む機関は、今後も輸出を拡大するには品質向上に向けた取り組みが必須であると指摘した。また、海外に輸出されるイラク産のナツメヤシの半分はUAE向けであるが、UAEではそのナツメヤシを包装してより高価格で再輸出していることから、加工分野の産業振興もイラクのナツメヤシ農業にとっての課題のようだ。

 イラクが経験した戦乱も、ナツメヤシ農業を脅かす要因である。イラン・イラク戦争(1980年~1988年)では、敵方の侵入を阻むため多数のナツメヤシの果樹が伐採され、灌漑設備も荒廃した。この結果、かつては6000万本栽培されていたとされるナツメヤシの果樹は、現在では3000万本を下回っている。イラクの農業省は2010年からナツメヤシ農業の振興事業を実施し、その結果栽培される果樹の数は1100万本から1700万本に増加したそうだ。しかし、イラク政府による振興事業は、2018年に財政支援が打ち切られて以降停止している。宅地の拡大もナツメヤシ農業にとって重大な障害である。農業省の報道官は、バグダードやカルバラをはじめとする各地でナツメヤシ農園の宅地への転換が進んでおり、宅地開発による緑地の浸食への対策が必要だと述べた。

 干ばつや砂漠化、近隣諸国からのイラクの河川への流量の減少も重大な問題である。イラク南部のワーシト県のイランとの国境付近では、地元の当局者がイランがクッラール川の流路を変更したせいで農業用水が得られなくなったと非難した。チグリス川とユーフラテス川が合流したシャット・アラブ川では、塩分濃度の上昇も問題となっており、農業用水として利用するための除塩設備が必要であるが、これには多額の費用がかかる。農業用水の減少に対しては、河川から水を引いて農地を全面的に冠水させるという伝統的な灌漑の方法に代わって、果樹ごとに水を与える方法をとる果樹園もある。

 これまでも、イラクの水不足や農業の不振について紹介してきたが、ナツメヤシ農業の振興とその課題を見ると、イラクの農業が抱える問題が単なる干ばつや水不足の問題でないことがよくわかる。戦乱や政治の混乱は農地を破壊したり、農業の保護・振興のための事業を阻害したりする。また、イラクに流入する河川の水源地である隣接諸国の状況や各国の政策も、イラクの水事業に直結する。さらに、イラクや近隣諸国における人口の増加は本稿で紹介した記事にあるように無秩序な農地の宅地化を招く。また、人口の増加による水需要の増加も深刻な問題である。イラクのナツメヤシ農業の状況は、イラクが直面する様々な政治・社会・環境問題が顕現したものとも言える。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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