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シリア:アメリカに現れた三つの「シリア代表団」

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 毎年9月末にニューヨークの国連本部で開催される国連総会は、日ごろアメリカとの関係が悪かったり、アメリカと外交関係がなかったりする諸国にとっても、アメリカを舞台に多くの国や機関と接触する好機となる。各国は、総会での演説だけでなく、総会に出席するためにニューヨークに来訪した国々の高位代表団と、多国間・二国間の会合を開催し、自国の立場の周知や正当化、新たな連携の枠組み作りに励む。せっかくの国連総会の機会に、こうした会合や協議が行えないとなると、外交上かなり損をしていることになる。

 そうした事情を知ってか、2021年の国連総会の時期に合わせ、シリアからは三つの代表団がアメリカを訪れたそうだ。一つは、当然ながら国連総会に出席するためにニューヨークを訪問した、シリア政府の代表団(団長:ファイサル・ミクダード外相)である。もう一つは、シリア国外で活動する「反体制派」の一つである「交渉委員会」の代表団(団長:サーリム・ムサッラト・シリア国民連合代表)、そして三つめは、「シリア民主軍」が占拠する地域の行政を担う(ことになっている)「北・東自治局」の代表団(団長:イルハーム・アフマド自局共同代表)である。

 興味深い点は、この三つの代表団について報じた『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)の、各々の代表団の活動についての論評である。それによると、「国連の場におけるシリア政府の代表団の(他国との)接触が、過去数年と比して顕著に増加した」由である。シリア政府は、シリア紛争勃発前から国連総会を自らの立場を主張する好機であることを認識しており、通常代表団を率いる外相が、様々な地域の国々の外相や代表らと積極的に会談してきた。筆者がぼんやり観察している範囲内でも、2010年にはシリアの外相が国連総会出席のため訪問したニューヨークにて24の国や国際機関と個別に会談している。当時、シリアは中東和平やイラク情勢などで何かと影響力のある国だったので、2010年の国連総会の場でシリアと外相会談を行った国にはアメリカも、北欧諸国も含まれていた。

 シリア紛争が勃発し、政府軍による人権侵害や化学兵器使用騒動が国際問題と化すと、シリア政府と公式な関係を持とうとする国は一挙に減少した。化学兵器使用騒動の直後にあたる2013年の国連総会の際に、シリアとの外相会談を行ったことが確認できるのは8カ国に過ぎなかった。その後、「イスラーム国」やシリアの人道危機など、本来は何かしらの形でシリア政府を当事者とすべき問題が多発したにもかかわらず、西側諸国はそうすることによって生じる非効率を承知の上で「教条主義的に」と言ってもいいくらい、シリア政府を無視した。その結果、2011年~2019年(注:2020年の国連総会は中国発の新型コロナウイルスの蔓延によりオンライン開催)に国連総会の機会にシリアの外相が会談することができた諸国は平均で12カ国程に過ぎなくなった。その内訳も、シリア紛争で政府を支援したロシアやイラン、シリアに隣接するレバノンやイラク、シリアとは何かと縁が深いキューバ、ベラルーシ、ベネズエラ、アルメニア、キプロス、アルジェリアなどの「固定客」に限られていた。外交上、非公開の会談という場合もありうるが、それの数を加えたところでシリアと交渉を持ちたいと思う国が劇的に減ったという事実の前には大した救いにはならなかっただろう。

 2021年にはそうした状況が若干変化し、本稿執筆時点でニューヨークにてシリアのミクダード外相が会談を行ったことが確認できる国・機関は24に達した。中でも、レバノンへの電力・ガス供給の当事者であるヨルダン、エジプト外相会談が目立つようだし、国連安保理の非常任理事国に選出されることを目指すモザンビークとUAEがシリアに対し「支持要請」なり「態度表明」なりしたことも無視できない。これをもってシリア政府への認知や承認が回復したと考えるのは早計だが、シリア政府と会談や協議の場を設ける国・機関が増加したことは、シリア紛争の収束の方向性を考える上で重要だ。これに対し、「反体制派」の代表団の活動は、アラブ連盟のアブー・ゲイト事務局長との会談を除けば、各国の外交官・当局者との会合レベルにとどまったそうだ。もっとも、「交渉委員会」や「シリア国民連合」は、シリア領内にほとんど足場を持たない、在外の政治活動家の集合体であり、紛争や交渉の現場での影響力もほとんどないことから、無理もないだろう。一方、「自治局」の代表団は国連総会が開催されたニューヨークではなく、ワシントンでアメリカの要人・高官との会合に努めた。これは、アフガニスタンからのアメリカ軍の撤退とその後のターリバーンによる政権奪取を踏まえ、「自治局」及びその母体である「シリア民主軍」というクルド民族主義勢力へのアメリカに支援・支持の継続を確約してもらうことを重視した活動だろう。なお、イドリブ県などを占拠するシリアにおけるアル=カーイダの「シャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線)」やその配下で行政などを運営する当局には、国連総会の場を活かした外交活動の機会はなかったようだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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