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シリア:ピスタチオの収穫高が映す憂鬱な現実

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2021年7月25日、シリアの農業省ピスタチオ(フストゥク・ハラビー)局は今期のピスタチオの収穫高の予想値を4万5500トンと発表した。この数値は、2019年の3割ほどに終わった2020年の収穫よりもさらに2万トンほど少なく、2期連続で不作が続いたことになる。筆者も1年ほど前にピスタチオの収穫高についての駄文を発表したが、それを参照しながら考えるとピスタチオの収穫の不振はシリア人民全体の生活水準が大幅に低下しているという、現在の深刻な状況を反映しているように思われる。

 2020年のピスタチオの収穫不振は、技術的には「隔年結果」という果樹の栽培・果実の生産上当然生じる現象としての側面があった。しかし、今期の収穫不振についても、冒頭に引用したシリア国営通信の記事で農業省ピスタチオ局長が「隔年結果」を理由の一つとして挙げている。これだと「隔年」が2年続けて起こるという変なことになり、筆者のようなシロートに対しても説得的ではない。それを意識したのかは定かではないが、同局長は収穫不振の第二の理由として「気候変動に伴う降水量の不足」を挙げた。それによると、ピスタチオの果樹の多くは非灌漑地で栽培されており、降水量の多寡が収穫に重大な影響を及ぼすとの由である。確かに、シリアやその周辺地域の今期の降水量は例年よりかなり少なく、水資源の不足は隣国のトルコやイラク、さらにはイランでも問題となっている。

 しかしながら、昨年の駄文でも指摘した通り、シリアにおけるピスタチオの収穫高は専ら自然現象によって左右されているのではなく、紛争による人的、社会・経済的損失、そしてシリアに対する各種制裁や中国発の新型コロナウイルスの流行に起因する国際的な往来の停滞のような要因も極めて重要である。つまり、農地や果樹を世話するための人手や機材・物資が不足すれば、農地も果樹も荒廃する一方で今後も収穫高はどんどん下がり続けるということになる。ピスタチオは、現在のシリアにとっては数少ない輸出品の一つであり、昨期は3000トン強が輸出されたそうだ。ピスタチオがシリアにとって重要な産品であることは、農業省という官庁の中にわざわざ特定の作物の名称を冠する局(=ピスタチオ局)が存在することでもわかる。また、ピスタチオはシリア人民の暮らしに欠かせないと言ってもいい身近な食品であり、特に収穫期にのみ出回る乾燥させていないピスタチオは季節の風物詩である。こうしたものが収穫不振(とそれに伴う価格の高騰)によって希少になっていくことは、シリア人民にとって生活水準の低下を実感させられる場面となろう。

 要するに、ピスタチオの収穫不振は農産品の一つの好不調の問題ではなく、シリア人民の生活水準が今後も改善につながる材料がないまま恒常的に低下し続けるという問題だということだ。「シリアへの人道支援」というと、テント暮らしの難民・避難民が露命を繋ぐための食糧・薬品・物資の供与の問題と誤認されるかもしれないが、「支援」の本旨は窮乏している者を生き永らえさせることではなく、窮乏状態から脱出して自活できるようにすること、現在自活している者たちが窮乏状態に陥らないようにすることではないだろうか。筆者は困窮者への緊急避難的な支援の提供を否定するものではないが、それのみに囚われて一般のシリア人民をどんどん窮乏状態に陥らせる現状が看過されていることに何とも釈然としないのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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