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イラク:やっぱり「イスラーム国」の活動を傍観するアメリカ軍

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 先日、イラクのカージミー首相がアメリカを訪問し、同国のバイデン大統領らと「戦略対話」を実施した。対話の閉幕に際して両国が発表した共同声明は、2021年末以降イラクに駐留するアメリカ軍の任務は戦闘ではなく、「イスラーム国」に対峙するためにイラク軍を支援したり、同軍を訓練したりすることであると謳った。これは、一見するとアメリカの中東政策やイラクの政治・軍事情勢を大きく変えるかのような方針の表明ではあるが、過去数年の状況の推移を見る限り、「今までの繰り返し」に過ぎないようだ。というのも、イラクにおける「イスラーム国」の「復活」や「活発化」はこれまでも何度も報道機関を賑わしてきた話題なのだが、もし本当にイラクに駐留するアメリカをはじめとする連合軍が「イスラーム国」を熱心に監視し、これと戦ってきたというのならばそもそも同派が「復活」したり「活発化」したりするという事態は各国の介入政策の重大な失敗であり、誰かの責任を問うべき問題だからだ。

 2014年以来のイラクやシリアにおけるアメリカによる「イスラーム国」との戦いは、当初から中途半端ですっきりしないものだった。アメリカ軍は、自らの人的損害を最小限にするために地上での戦闘を現地の手先(シリアにおいてはクルド民族主義勢力を主力とする「シリア民主軍」、イラクにおいては一応イラク軍)に外注した。もちろん、現実を見ればこれらの外注先だけでは戦力として不十分で、実際に「イスラーム国」との戦闘の矢面に立ったのは、シリアでは悪の独裁政権であるシリア政府軍とそれを支援するロシア軍・イランの革命防衛隊などであり、イラクにおいては「親イランの」シーア派民兵だった。その結果、アメリカ軍などの振る舞いは、「イスラーム国」を壊滅させるのではなく一定の水準で保護・温存し、シリアやイラクで「反米勢力」が「イスラーム国」に完全に勝利するのを折を見て邪魔するものへと変わっていった

 「イスラーム国」の方も心得たもので、イラクやシリアはもちろん国際的にも西側・イスラエル権益への攻撃を控え、アメリカの政策に奉仕するかのように「シーア派殺し」に精を出すようになった。かくして、今や「イスラーム国」はイラクとシリアにおいては送電線の破壊や燃料などの物資の輸送を妨害し、地域の経済や人民の生活水準に悪影響を与えるだけの存在に成り下がった。もし本当にイラク人民の暮らしや、シリアにおける人道状況がアメリカをはじめとする各国の政府や人民にとって改善・解決すべき大切な問題ならば、送電線を爆破して電力供給を邪魔して喜ぶ「イスラーム国」こそ最優先で殲滅すべきだろう。

 要するに、アメリカ軍の任務に関する文書をいくら作文しようとも、これまでも、これからもアメリカ軍が「イスラーム国」の存在と活動を傍観しているだけだという状態が劇的に変わることは予想できないということだ。当の「イスラーム国」は、7月末の犠牲祭を祝う戦闘員らの画像を発表し、健在ぶりを誇示しようと試みた。

写真1:2021年7月22日付「イスラーム国 イラク州」
写真1:2021年7月22日付「イスラーム国 イラク州」

写真2:2021年7月22日付「イスラーム国 イラク州」
写真2:2021年7月22日付「イスラーム国 イラク州」

 写真1を見ると、半屋内で囲炉裏のようなものを備えた場所で調理しているようで、これまで「イスラーム国 イラク州」が発信してきた画像類に比べれば住環境・調理環境が向上していることがうかがわれる。その一方で、写真2の通り肉や野菜を焼くために用いる串は、手近なところから切り出してきた木の枝のようである。つまり、食材や調理機材の調達のような部分はいまだ現地の活動班ごとの「自力更生」を旨とするものであり、現在の「イスラーム国 イラク州」には構成員のための資源の調達や供給を管理する機能はほとんど備わっていないということだろう。つまり、「イスラーム国」はまさに生かさず、殺さずの範囲で温存され、諸当事者が自らの都合によって適宜利用する存在となっているようだ。そして、これが政治・外交・軍事の世界で定まった方向性である以上、これについての善悪や好悪の主観的判断を述べても詮無き事なのであろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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