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イエメン:最大の人道危機から「国として生存不能」へ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 「最大の人道危機」と評されるようになって久しいイエメンの状況だが、現場での支援活動やそこに支援を届けようとする動きが思うに任せないのも常態化している。アラビア半島の産油国は、イエメン向けに巨額の支援を拠出したと主張しているが、そもそもこれらの諸国はイエメン紛争の当事国である。となると、各国が提供する支援や、各国の下で活動する援助団体のようなものも、特定の紛争当事者に肩入れする性質が強く、イエメン人民全体に支援を行きわたらせたり、イエメンを国家として(或いは何かの共同体として)維持・再建したりする支援とは言えないかもしれない。

 中国発の新型コロナウイルスが蔓延した2020年の状況は深刻で、国連の機関は必要額として算出した38億5000万ドルのうち、19億ドルしか調達できなかった。こうして、国連機関などが実施していた給付金の支給やその他イエメン人民が現金を得るための支援事業も停止を余儀なくされた。UNDPは、イエメン支援国会合を前に状況の深刻さを警告した。それによると、イエメンの人口の2900万人のうち、1600万人が飢餓に瀕している。また、紛争により学校、工場、病院などが破壊されたり、少年兵が動員され多数が死傷したりしているため、紛争がなくとも世界最貧国の一つだったイエメンの開発状況は大きく後退した。こうして、人民の多くが現金収入を得る機会を喪失しているため、たとえ食糧や行政サービスが十分あったとしても、「それがある所までいけない」という危機が生じているようだ。つまり、現在イエメンで不足している物資やサービスを外部から十分供給したとしても、当のイエメン人民がそれを買うどころか取りに行くことすらできない、というのが現在の危機の特質ということらしい。

 しかし、もし今般開催された支援国会合が十分な拠出表明を得られたとしても、現在のイエメンの窮状を改善させる決定打になるとは限らない。今や、イエメンは国家として再建できるかどうかが問題となっており、UNDPはその再建が極めて困難だと警告しているのだ。もっとも、世界中のあらゆる場所で人類が建設した「国家」なるものは、そのすべてが領域や政治体制が恣意的に設定され、かつ自然・文化条件を相当劇的に捨象して「でっち上げられた」ものである。それ故、紛争で動揺・弱体化した国家と権力を再建・強化することが紛争の解決や社会・経済を再建する上の「正解」とは限らない。ただ、そうだとしても、現在のイエメンには「イエメン」という政体を代表する名実を伴う当事者がいないのだ。

 イエメン紛争については、アメリカのトランプ前大統領によるアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派)のテロ組織指定と、バイデン大統領によるその指定解除、アメリカやサウジとイランとの角逐のような文脈で話題になることが多い。そして、これらのどれもイエメン人民の窮状とその改善についての思考を欠いた、まさに机上の空論なり、当事者意識が欠如したゲーム感覚の議論なりの水準にとどまっている。イエメン紛争そのものも、現場での凄惨な戦闘や人道状況にほとんど関心が向かず、サウジによる空爆やイエメンからサウジへのミサイル・無人機攻撃という、文字通り「空中戦」の実況中継に陥っている。かくして、イエメンは紛争解決とその後の再建どころか、誰もが当事者能力を喪失した「国として生存不能」な状況に突き進んでいるようだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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