Yahoo!ニュース

“「イスラーム国」の復活”を傍観するアメリカ軍

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカ国防省の報道官が、シリアにおけるアメリカ軍の任務は「イスラーム国」の掃討であり、アメリカ軍は同軍や配下の「シリア民主軍」が占拠する地域での油田を開発しようとする民間企業を保護・支援しないと表明した。「イスラーム国」の脅威は依然として広く信じられており、国連安保理が設けた委員会の報告によると、現在もイラクとシリアで同派の戦闘員約1万人が活動している。彼らの大半はイラクにいると考えられているが、最近ではシリアの方が行動が容易らしい。そして、両国の国境のシリア側にあたる、ダイル・ザウル県が「イスラーム国」の者の潜伏地となっている。ダイル・ザウル県は、2004年頃から外国人戦闘員のイラクへの潜入が盛んになったころから最重要の潜入経路と考えられている。問題は、その中でも特に重要な経路であるユーフラテス川沿いの地域が、左岸はアメリカ軍とその配下の「シリア民主軍」、右岸はシリア軍とその同盟勢力によって制圧されており、ユーフラテス川の両岸を制圧する勢力同士の関係は、時に「イスラーム国」と彼らとの間の関係よりも悪い敵対関係にあることだ。この状況を何とかしない限り、「イスラーム国」掃討という任務はおぼつかないだろう。

当の「イスラーム国」は、別稿で指摘した通りアメリカ・シオニストを攻撃しないことによって生き残りを図っている。最近同派がシリア領内で攻撃するのは、「シリア民主軍」(注:「イスラーム国」とトルコ政府は、「シリア民主軍」をPKKと呼ぶ)と、シリア北東部からダマスカスなどに向かうシリア軍や燃料輸送の車列くらいなものだ。2021年に入り、これらの攻撃でシリア政府軍や親政府民兵の要員が多数死傷しているが、これはアメリカにとっては別にどうでもいいことだ。むしろ、アメリカ軍が攻撃されない限り、「イスラーム国」がシリアとイラクで「そこそこ」活動することは、アメリカ軍がシリア領を占拠することを正当化できるので、好都合なことですらある。また、「イスラーム国」がシリア北東部からダマスカスなどへの燃料供給を妨害することは、シリア政府の制圧地における復旧・復興と人民の生活水準の回復を徹底的に妨害するという、アメリカのシリア政策に役立つ行為でもある。この範囲内に収まるのであれば、アメリカが「イスラーム国」の活動や「復活」を今後も傍観し続けることもありうる。

 アメリカ軍が「イスラーム国」の掃討をシリアでの活動の主目的とするならば、もう一つ早急に解消すべき問題がある。それは、現在は「シリア民主軍」が管理している施設に収監されている「イスラーム国」の戦闘員やその家族の処遇の問題である。特に問題なのは、ハサカ市の東方のイラクとの国境近くに位置するフール・キャンプである。同キャンプには、6千人余りの「イスラーム国」の戦闘員やその家族が収監されており、うち数千人は外国人である。クルド民族主義勢力は、関係国に自国民を引き取るか囚人らを裁く国際法廷を設置するかを求めているが、アメリカやヨーロッパ諸国はそのいずれについても形式的にしか対応していない。日ごろ人道や法の支配を高らかに謳う諸国は、自らも人員の送出しという観点から重大な責任を負う「イスラーム国」の問題について「見なかったこと」を決め込んでいるかのようだ。「イスラーム国」の戦闘員やその家族は、どのような事情があったとしてもイラクとシリアにおける破壊と殺戮、収奪、人身売買を含む様々な犯罪によってその地位と立場を享受していた人々なので、彼らになにがしかの報いを受けさせることは今後「イスラーム国」のような現象を再流行させないために不可欠である。その重要課題が、まるでどこかの誰かが「汚れ役」を引き受けて収監者をいつの間にか「処分」してくれるのを待つかのように放置されている。「シリア民主軍」が収監した者たちを「処分」しようものなら、同派を支援しているアメリカをはじめとする諸国の政策自体が非難の的となるだろう。ここに「シリア民主軍」に「イスラーム国」の後片付けを外注することの限界がある。

 こうして、「シリア民主軍」による「イスラーム国」の戦闘員やその家族の収監施設の管理は日々いい加減なものになっていっているようだ。フール・キャンプの警備を担当する人員は、2019年の1500人から、2020年末には400人にまで減ってしまった。その結果、2021年になってから14人の収監者が別に収監者によって斬首や消音銃による射殺で殺害されたそうだ。さらに、2500~3000ドル支払えば、フール・キャンプからの脱獄も可能で、この価格は比較的管理が「まし」な状態の別の収容施設での脱獄費用1万4000ドルと比べるとかなり安価だ。アメリカ軍が「イスラーム国」の掃討をシリアでの活動の主軸にするという方針が本物ならば、誰を対象とするものでも「イスラーム国」による攻撃が劇的に減り、フール・キャンプをはじめとする収監者の問題にも何かの目途が立つようになるはずである。残念ながら、それが実現して筆者の用事が減ることは期待していない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事