2020年12月5日、アメリカのトランプ大統領はソマリアからのアメリカ軍撤退を指示した。ソマリアでは、1990年代初頭に内戦の結果中央政府が崩壊、以後様々な国際的な介入や援助にも拘らず、「破綻国家」の筆頭に挙げられたり、領域内に複数の「未承認国家」が存在したりする状況が続いてきた。また、2012年秋には、同地で活動している有力なイスラーム過激派団体の「シャバーブ運動」がアル=カーイダに忠誠を表明し、公式にアル=カーイダ「系」の仲間入りを果たした。

 幾多もの国際的な介入や支援、様々なできごとにも拘わらず、現在もソマリアの中央政府は領域を十分に制御できていない。「シャバーブ運動」も、アメリカ、ケニア、エチオピア、トルコなどの諸国が派遣した部隊や、国際機関への攻撃を繰り返している。この間、「イスラーム国」が「シャバーブ運動」に対しても解体・併合路線で抗争を仕掛けたが、現時点でソマリアにおける「イスラーム国」活動はほぼ壊滅し、人目を惹く可能性がちょっとでもある戦果や情報発信はほとんど「シャバーブ運動」が発信している状態である。もっとも、「シャバーブ運動」も過去数年のイスラーム過激派の衰退傾向を打破するような業績を上げることができていない。同派の広報は、このご時世にそんなものを見るために時間を費やす視聴者がどれほどいるのか疑問に思われるほどの「大作」が多いし、アラビア語話者が多数を占めると思われるイスラーム過激派のファンや支持者にとってなじみの薄い、ソマリアで使用されている言語を用いていることが多いので、この点からも訴求力は低いと思われる。それでも、「シャバーブ運動」が現在もそこそこ元気に活動している理由としては、イスラーム過激派の拡散云々だけではなく、ソマリア人民と周辺の諸国・人民や欧米諸国との関係やそれらに対する感情を考慮すべきだろう。

 ソマリアにおいても、イスラーム過激派が衰退した(少なくとも彼らの言動が政治的・社会的反響をほとんど呼ばなくなった)のは、アメリカ、特にトランプ政権の政策のおかげではない。2021年1月3日、「シャバーブ運動」はおよそ40分にもわたる幹部の演説の長編動画を発信したのだが、その中でアメリカ軍の撤退宣言について「ホワイトハウスのあほ(注:トランプ大統領を指すと思われる)は自らの軍の失敗とソマリアからの撤退を宣言した」と論評した。しかも、このくだりはアル=カーイダの系列諸派が数年前から行っている「エルサレムはユダヤ化しない」攻勢の戦果の宣伝と十字軍・シオニストへの攻撃扇動の演説のごく一部に過ぎない。少なくとも、この動画を製作した時点での「シャバーブ運動」にとって、アメリカ軍の撤退宣言そのものは時間を割いて論評するほどの大事ではなかったようだ。アメリカ軍はソマリアでも長年にわたり無人機を用いた暗殺作戦を続けてきたが、「シャバーブ運動」をはじめとするイスラーム過激派がソマリアを拠点としてアメリカなどの諸国の権益に対する攻撃や脅迫をする活動を根絶することはできていない。

 「シャバーブ運動」は、かつてアメリカやフランスから合流する構成員が広報に出現し、現在もソマリアの周辺で構成員を勧誘している。また、ソマリアの首都のモガデシュだけでなく、ケニアでも国際機関や欧米諸国の権益を度々攻撃している。このような観点からは、同派は依然として国際的にも警戒を要する団体と言える。しかし、本稿で取り上げた動画は、十字軍・シオニスト、それらに従うアラブの支配者に対する攻撃を扇動したり、ムハンマド中傷風刺画問題を挙げて十字軍・シオニストによるイスラームへの攻撃に対抗するよう呼びかけたりと、内容的にはまさに「古色蒼然」である。現在、イスラーム過激派はもちろん、中東諸国の政府・報道機関の論調は、エルサレムやパレスチナがどうなろうがまったく反響が起きない。イスラーム過激派とその支持者・ファンも、周囲の住民を暴力で制圧し、服装・宗教実践のような外見上の振る舞いだけでなく、性的嗜好やどんな媒体でどんな番組や情報に触れるかの選択という個人の内面までいちいち摘発・懲罰することをもって「イスラーム統治」と称する程度の知的水準でしかない。つまり、現在のイスラーム過激派に「思想」や「世界観」なるものがあったとしても、それは現在中東の人民をはじめとする人類が直面する諸課題の解決や、現行の運営に対する代替案を示すものではないということだ。今般の動画で、「シオニスト政体」などという表現(←読者の皆さん、何のことだかお分かりになりますか?)に出会ってちょっと心が躍ってしまった筆者としては、長年の「敵」であるイスラーム過激派の知的・物理的衰退を強く感じざるを得ない。