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中東にもある児童へのわいせつ事件

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 最近、エジプトで高齢の男性教諭が孫ほどの年齢の女子児童に痴漢行為をし、治安当局に逮捕される事件が発生した。治安当局は、SNSで密室状態での個別指導の最中に教諭が痴漢行為をする模様を撮影した動画を発見し、そこから教諭の勤務先と住所を突き止めて逮捕に至ったそうだ。エジプトのSNS利用者の間では、「#処刑_教員_痴漢」とのハッシュタグで教諭への非難の声が上がった一方、問題の動画の撮影者に対してもその場で痴漢行為を止めなかったとの非難が出ている。

 中東においては、住民の多くがイスラーム教徒(ムスリム)でかれらは「厳格なイスラームの教え」に従って「品行方正に」(或いは息苦しく)暮らしていると思われるかもしれない。確かに、一部の国で実施されているように、「厳格に」イスラームの教えを実践してあらゆる段階の教育現場で児童・生徒、教員の男女分離を行えば、この種の事件は相当抑止できるだろう。しかし、これはあくまで表層的な対策にすぎず、教育の質の低下や教育現場の荒廃という問題を解決するものではない。つまり、イスラームをいくら一生懸命実践しても、中東諸国が抱える様々な問題を解決するとは限らないということだ。

 エジプトをはじめとする中東諸国は、依然として「人口爆発」状態で人口増加が続いている。これは、元々各々の国、特に公立学校や卒業後の労働市場で十分な受け皿がない状態にもかかわらず、毎年新たな児童・生徒・学生、そして新卒者が入学したり、求職したりするということだ。これは、教育現場においては初等教育から高等教育に至るまで学校の数が児童・生徒・学生の数に追いつかないこと、そして彼らを指導する教員の数と質も間に合わないことを意味する。その結果、経済的なゆとりやその他の機会に恵まれた者たちは私立の教育機関や海外留学を選択するようになる。また、若年層が海外への越境移動を希望する場合、「よりよい教育・訓練を受けて自分の能力を開発する」、「身に着けた能力を発揮する」などの理由で移住先を探す事例が増えることとなる。

 中東の非産油国においては、人口増加率に比して経済成長が十分でないことが多く、その結果公務員の待遇が劣悪になっている場合がある。その結果、特に末端の公務員の間で収賄や怠業が目立つようになる。例えば、公立の教育機関の教員の場合、就業時間中の指導は「テキトー」に流し、少しでも良い教育を望む保護者らから個人的に謝礼を受け取って「見どころのある」児童・生徒を個人的に指導するといった「副業」に励む者が出てくる。今般問題となった個別指導が、こうした教員らの「副業」のことを指すならば、密室での痴漢行為は様々なレベルでの教育の荒廃を如実に示すものと言えよう。

 エジプトでは、教員どころか大学の教授ですら「副業」として観光ガイドやタクシー運転手をしている者がいるとの話を聞くことが珍しくはなかった。エジプトを含む中東、特にアラブの非産油国では「アラブの春」を経て経済状況が改善したり、人民の生活水準が向上したりしたわけではなさそうなので、シリア、リビア、イエメンのような紛争や、レバノンのような混乱にさらされていない諸国においても、様々な局面で人心が荒廃することが懸念される。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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