ヴェールは女性を守らない?:中東のセクハラ問題

(写真:ロイター/アフロ)

 エジプトの首都カイロの中心部で、女性に対する性的な嫌がらせ被害(からかいから、実際の痴漢、セクハラ、暴行に至るまで多岐にわたる模様)が深刻化して論争を呼んでいる。論争のきっかけは、カイロ中心部の有名大学周辺で発生した痴漢の常習犯の裁判のようだ。ムスリムが多数を占める地域では、イスラームの教えに沿って男女関係が秩序づけられ、この種の問題は発生しにくいと思われるかもしれない。しかし、現実には深刻な社会問題となっており、現地の女性のみならず、日本から現地を訪れる人々もその被害の例外ではない。また、保守的・政治的なイスラームの実践者・唱道者からは、「どんな服装をしていたのか?」、「どこにいたのか?」、「誰と同伴していたのか?」などなど、この種の嫌がらせを受けるのは被害女性の方に問題があるかのような主張も絶えないようだ。この問題について、レバノンの『ナハール』(キリスト教徒資本)紙は、いやがらせ被害の責任を被害者側に求める主張に怒りの声が上がっているとの記事を掲載した。

 この記事で注目すべき点は、元々は「厳格に」イスラームを実践していた、またはそのような家庭に育った人々の発言を取り上げている点である。彼女/彼らは、「厳格な」実践にもかかわらず性的な嫌がらせの被害を全く防止できなかった故に、そのような実践を放棄し、今やそうした実践の批判者として著名になった活動家や著述家である。記事中の発言者たちによると、ヒジャーブ(頭髪をしっかりと覆うヴェールの一種)をまとい、ゆったりした長い衣服を身に着けていたにもかかわらず、様々な性的嫌がらせを全く防止できなかった。そのため、記事で取り上げられた女性の一人は、被害の責任を女性の側にあると主張する「厳格な」実践の唱道者たちに嫌気がさし、ヒジャーブの着用を止めてしまった。その女性によると、ヒジャーブを着用しなくなってから性的嫌がらせの被害にあうことが目に見えて減少したそうだ。

 性的嫌がらせ被害に対する女性活動家は、「性的嫌がらせの主要な原因は女性の服装ではなく、宗教的な性質を帯びつつ女性に対する扇動的な考えを広める者たちにある。そのようなワッハーブ(筆者注:歴史・宗教・政治的な意味に限らず、独善的なイスラームの実践を押し付けようとする行動様式に対して批判的に用いている模様)の導師たちがそのような扇動的な主張をしているが、彼らはアラビア半島諸国からお金をもらっている」と非難した。この活動家は、「ワッハーブ的イスラーム導師」たちは、女性をモノ扱い・欲望の対象扱いし、その名誉を認めないと指摘した。この活動家は、「イスラーム的な服装をしない女性に性的嫌がらせ被害の責任を負わせる者たちは、うそつきである。例えば、(女性みんなが)イスラーム的服装をしているアフガンやサウジでこそ女性に対する性的嫌がらせ・強姦・暴力が頻発しており、この問題と宗教とは無関係だ」と主張した。また、「厳格に」イスラームを実践する家庭に育ったものの、現在ではそうした実践の批判者として著名になった作家(男性)は、イスラーム的な服装をしていた同人の姉妹たちが道行く車両の運転手らから頻繁にからかいや性的嫌がらせを受けていた事実を挙げ、「性的な嫌がらせ被害が起きるのは(被害を受ける)女性の側に過ちがあるからだと主張する者たちが、嫌がらせ行為を促進している。被害者側に原因を求める者たちは、たとえ女性がニカーブ(頭から足元までを覆う衣装。これを着用している女性は、外からは目しか見えない)を着用していた場合でも、被害女性の目が性的嫌がらせを誘発した原因だと言うだろう」と指摘した。

 なお、世界的に著名なイスラーム学府であるアズハルは、もう何年も前から女性への性的嫌がらせについて「イスラーム的に許されない」との見解を表明している。もっとも、アズハルをはじめとする諸般のイスラーム機関・学者の見解は、社会の要請に応じて出されるものだから、このような見解が出されること自体がこの問題の被害やそれについての論争が深刻な社会問題だということを如実に示している。また、このような倫理・道徳論を受け、ムスリムで被害を訴えるかもしれない現地の女性ではなく、異教徒で被害を訴えたり加害者に報復したりする能力や社会的後ろ盾が乏しいと思われる外国人に矛先を向ける輩が出る可能性も懸念される。本邦においても、旅行、留学、仕事などで中東を訪れる女性は増加しており、滞在期間も様々である。本稿で取り上げたような事例を話題にすることは、現地に対する悪印象を醸成し、友好や交流に水を差すものとして忌避されることもある。しかし、このような話題を避け被害防止のための備えをしない・させないことこそが友好や交流を本当の意味で妨げる致命的な被害を誘発しかねないのではないか、とも思う。