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シリアで表出するもう一つの「ウイグル問題」

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 「イスラーム国」がシリア領の広範囲を占拠していた時期(2013年~2019年)から、シリアには世界各地から外国人のイスラーム過激派戦闘員が送り込まれていた。外国人戦闘員とその家族の処遇は、現在も「イスラーム国」の構成員を収監する施設で問題となっている。その上、今もシリアに残存するイスラーム過激派諸派の占拠地であるイドリブ県でも、多数の外国起源のイスラーム過激派諸派が活動していることが明らかになった。6月末のイドリブ県でのアル=カーイダ諸派間の抗争では、「シャーム解放機構(旧称「ヌスラ戦線」)」と「宗教擁護者機構(フッラ―ス・ディーン)」が主役となったが、この二派に続く、或いは二派と同等の重要性を持つ外国起源のイスラーム過激派団体として、「トルキスタン・イスラーム党」がある。同党は、シリア紛争が激化した後の2015年頃から、「シャームの民の支援」と称して戦闘員とその家族をシリアに送り込み、イドリブ県のジスル・シュグールなどの要地に根拠地を獲得した。諸説あるが、4000~5000人の戦闘員を擁すると考えられている(詳しくはこちら)。同派は、イドリブ県を占拠する諸派の中で最も有力な「シャーム解放機構」と様々な場面で協調するとともに、「イスラーム国」の最盛期においては「イスラーム国」との対決を慎重に避け、シリア領内での占拠地の確保に努めてきた。なお、「トルキスタン・イスラーム党」との関係はさておき、「イスラーム国」にもウイグル人400家族(戦闘員の数は1200人)が合流していた。

どこからやってきた??

 「トルキスタン・イスラーム党」がシリアのイスラーム過激派諸派から一目置かれるのは、同党がアフガニスタンでの戦闘・訓練経験を背景とする強力な戦闘力を擁するからだと考えられているようだ。つまり、「トルキスタン・イスラーム党」はシリア紛争勃発後に突如現れた団体ではなく、シリア紛争以前から世界のどこかに存在し、イスラーム過激派としてそこそこ活動していた団体なのだ。例えば、アメリカ軍のアフガニスタン侵攻の結果、同地では多数の「敵の戦闘員」が捕えられてグアンタナモ(キューバ)の収監施設に送られた。同施設では収監者の処遇が人権問題として注目されたが、その一環で収監者の名簿(名簿1名簿2)が何度か出回った。注目すべき点は、これらの名簿には多数の中国籍の者が掲載されていることだ。本稿で取り上げた名簿には掲載者に重複があるようだが、最初の名簿では558人中22人、2点目の名簿でも759人中22人が中国籍として記録されている。つまり、21世紀初頭の段階でアフガニスタンに拠点を置いていたイスラーム過激派諸派(アル=カーイダなど)に、相当数の中国籍の者がおり、ウイグル人もそうした者たちの中に含まれていたと考えられる。

 また、2000年代後半にはイスラーム過激派の広報・扇動の中にウイグル(イスラーム過激派風の用語法では「東トルキスタン」)問題への言及や、「トルキスタン・イスラーム党」による戦果発表や動画・雑誌が現れるようになる。「トルキスタン・イスラーム党」は、中国に対する脅迫や攻撃扇動の中で、敵対者としての中国を「共産主義」だけでなく、「豚肉を喰う」、「仏教徒」とレッテル張りした。要するに、シリア紛争の文脈では、既にイスラーム過激派としてそれなりに実績や存在感があった「トルキスタン・イスラーム党」が、シリア紛争の激化に伴い移転(或いは何者かが派遣)したという経緯で、シリアに現れたのである。同党は、イスラーム過激派の特徴の一つである「イスラーム世界のどこかの紛争・ムスリムに対する圧迫は世界中の全てのムスリムの問題」との認識に立ってシリアに現れ、本来の出身地のはずの中国領内のムスリム解放や権利の向上とは無関係の戦いに参加している。

これからどうなる??

 現在、「トルキスタン・イスラーム党」はシリア領内で獲得した占拠地を拠点に、中国に対する攻撃を実行しているわけではない。上述の通り、同党の対中国認識には「豚肉を喰う」、「仏教徒」のように日本人も誤認・混同されかねない粗雑な認識が含まれており、同党が「ちゃんと」対中国闘争に乗り出すとこちらとしてもかなり気を使わなくてはならなくなる。中国権益や中国人は、かなり以前からそれこそ世界中いたるところに存在するので、「トルキスタン・イスラーム党」がここまでさしたる対中国攻撃に乗り出していないということは、「そうするつもりが乏しい」と判断してもよいだろう。目下、同党の課題や目標は、シリアでの占拠地や立場を確保し、安住の地を手に入れることかもしれない。

 では、「トルキスタン・イスラーム党」は、ムスリム同胞としてシリア人民を助けたり、「シリア革命」を援護したりしているのだろうか?これについては、別の記事で紹介されているエピソードが象徴的である。「トルキスタン・イスラーム党」は、本来シリア人民の生活に不可欠な施設のはずの発電所の施設を、維持・管理・運営するどころか破壊して屑鉄として売り払い、自らの収入にしてしまったのだ。つまり、「トルキスタン・イスラーム党」は、他の外国起源のイスラーム過激派諸派と同様、シリア人民の財産を奪い、自分たちと家族の居場所にするよそ者の入植者として振る舞っているのだ。

 中国政府によるウイグル人民に対する侵害行為や、ウイグル人民の民族的権利の実現は、それはそれで解決・実現に取り組むべき重要な問題である。シリアにおける「トルキスタン・イスラーム党」の存在と活動は、中国における問題の解決に何の貢献もしないばかりか、同党に財産を奪われ、社会資本を破壊されているシリア人民という、本来発生しない被害を生み出している。昨今世界的にも関心が高まっているウイグル問題であるが、中国におけるウイグル人への侵害の被害を、シリア人民に転嫁することは本末転倒である。この問題に関心を持ち、事態の改善に貢献したいのならば、シリアにおけるウイグル起源のイスラーム過激派と彼らの振る舞いという問題への対処も意識してほしい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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