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破綻にまっしぐら?のレバノン経済

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
通貨の下落に怒って金融機関を焼き討ちするレバノン人民(写真:ロイター/アフロ)

 2020年4月28日、レバノン各地でレバノン・ポンド(LP)の対アメリカ・ドル相場の急落に怒った住民らの抗議行動が発生し、一部が金融機関への襲撃や治安部隊との衝突に発展した。これにより、抗議行動参加者や鎮圧にあたった治安部隊に死傷者が出た。レバノンでは、2019年10月から深刻な経済危機と政府・政治体制の非効率に抗議する人民の抗議行動が激化していた。この危機は、2020年2月、3月以降は中国発の新型コロナウイルスの予防が政治・社会的課題となり、デモ隊による街路の占拠も解除されるなど一時休戦となっていた。これが、2020年4月15日にLPの対アメリカ・ドル相場が1ドル3000LP以上に暴落したことを受け、人民が再び街頭に繰り出すに至ったのである。ちなみに、LPは1990年にレバノン内戦が終結して以来、長らく1ドル=約1500LPに固定されており、筆者を含むレバノンを訪問する人々はこの相場に大いに受益していた。

LPの急落

 そもそも、LPが下落する理由はずっと前から掃いて捨てるほどあり、その元凶の一つであるレバノンの対外債務累積の問題も、悪化の一方だった。債務の問題が行き詰まるたびに国際会議が招集されたが、いずれも一時的な資金の注入の話はしてもそもそもの債務を減らす、というところまでは踏み込んでいなかった。その結果、2019年秋にはLPが1ドル=2000LP以上にまで暴落し、広範な抗議行動の契機となった。

 抗議行動を受け、当時のハリーリー首相は財政再建のための増税計画などを撤回した上、政権を投げ出した。その後、ディヤーブ内閣が成立したものの、ハリーリー前首相とそのお友達は、内閣に参加せずに「自分は具体策も行動指針もないが、結果に対し後出しじゃんけんでダメだしする」という行動に安住する道を選んだ。ディヤーブ内閣は、一見抗議行動の要求に応じて既成政治家を排除した実務家内閣の体をとりつつ、実際には危機を打開する政策を実行する政治家としての実力のない陣容となった。そうなると、レバノン政府は財政再建も債務の支払いもできないまま迷走することとなった。2020年3月7日、レバノン政府はついに債務の不履行を宣言するに至った。

 一方、レバノンの経済危機の悪化の理由としては、レバノン自身の意欲や力量を越えるものも複数ある。例えば、レバノンは同国からシリアを経由してイラク・イラン、またはヨルダン、アラビア半島を結ぶ貿易の要衝だが、それが2011年以来のシリア紛争の結果ほとんど機能しなくなった。また、レバノンで与党の一角を担うヒズブッラーは、その一方で強力な軍事部門を擁し、対イスラエル抵抗運動やシリア紛争で活躍してきた。同党に対し、近年アメリカやイスラエルだけでなく、アラビア半島諸国・EU諸国も「テロ組織」として制裁を科すようになり、同党との付き合いが深いレバノンの金融業界は苦境に立たされていた。このような事情を受け、LPは半年ほどの間に3分の1程度にまで下落するに至った。

事態を悪化させる方法はたくさんあるが…

 今般の危機は、新型コロナウイルスの流行とは元々無関係の要因によって招来されたものである。レバノン内外の当事者には、事態を悪化させる方法はたくさんもっている。例えば、シリアとヨルダンやイラクとの商品の流通を邪魔し続ける、レバノンの財政改革を邪魔し続ける、それだけで事態をずっと悪化させることは簡単にできる。その一方で、いわゆる構造改革のように、レバノンの財政はもちろん、政治・社会体制を抜本的に改変してIMF融資のような事態打開のための資源を調達するのは至難である。また、レバノン人民自身が現行の政治・社会体制を根本的に改変し、そのための負担をできるかもはなはだ心もとない。短期的には、レバノンの政治エリートがヒズブッラーやその支持者をレバノンの政治・社会から排除すれば何かが改善するかもしれないが、彼らにはそうする実力も度胸もない。また、ヒズブッラーを排除するには、宗教・宗派を共にする仲間に過ぎない宗教・宗派共同体を政治的権益配分の単位にしてしまった現在の政治体制の改変が不可避である。

 現行の体制は、少数のエリートが国家から配分される諸権益を下々に配分するボスとして雑多な宗教・宗派共同体に君臨する体制である。そうしたボスたちは、海外に事業や資本を展開し、多数のレバノン人民と遊離した生活をしている。彼らはレバノン国外にも巨万の富を持っているので、今般の危機からは実はさほど影響を受けない可能性が高い。こうした実態は、危機が昂進して一般のレバノン人民が困窮しても、政治エリートがまともな対策をとらない原因となるだろう。また、いくらレバノンの政治・経済危機が深刻化しても、カルロス・ゴーン氏やそのお友達が破産し、ひどい目にあうというストーリーは期待できないだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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