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シリアの反体制派はどこに消えた??

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
経験上、シリアではバレンタインデーの時期に厳しい寒波と雪になる。(写真:ロイター/アフロ)

敗因を分析する

 2019年末以来、政府軍がシリア北西部のイドリブ県やアレッポ県で実施していた攻勢は、筆者の予想よりもはるかに速く、アレッポ市とダマスカス市とを結ぶ幹線道路の制圧を達成した。当初は、イスラーム過激派を主力とする反体制派武装勢力諸派が人口密集地に立てこもって徹底抗戦し、その攻略は困難だと思われた。しかし、反体制派諸派の抗戦は実に弱々しいもので、その存在感の希薄さには正直なところ拍子抜けの感すら覚えた。諸派を保護するトルコ軍が直接政府軍を攻撃したり、トルコのエルドアン大統領が強硬な言辞を繰り返したりしても、政府軍の進撃を阻止することはできていない。

 シリア北東部で活動する反体制派は、シリアにおけるアル=カーイダで国連などで「テロ組織」と認定されている「シャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線)」、やはりアル=カーイダの古参活動家が中核となって結成した「シャーム自由人運動」、アル=カーイダに忠誠を誓う「宗教擁護者機構」、ウイグル人のイスラーム過激派組織の「トルキスタン・イスラーム党」などの外国勢が主力である。これらのイスラーム過激派に、現在はトルコに従属する「国民軍」のような連合体が劣位の勢力として随伴している。

 諸派は、政府軍の攻勢に対し一応合同作戦室のようなものを結成して立ち向かったが、元々諸派間の関係は友好的なものでも、信頼感に基づくものでない。そのため、今般のような敗戦の際には、反体制派諸派の間で責任のなすりあいのような不和が生じる。例えば、2019年5月~8月の攻勢で政府軍がハマ県からイスラーム過激派諸派を掃討した際には、「シャーム解放機構」の内部ですら敗因を巡る不和が表面化し、幹部の一人が傘下の「報道機関」で指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーの軟弱な態度を非難し、追放の憂き目にあった。また、これを受けジャウラーニー自身も、占拠地域で体制側との和解を志向する勢力を粛清し、住民の避難を許さずあくまで現在地に立てこもって防備を強化すると表明した。

 そうした経験もあってか、今般の事態を受け、2月15日に「シャーム解放機構」は12分強のジャウラーニーのインタビュー動画を発表した。ジャウラーニーに対する質問は、「敗退の原因」、「トルコの参戦についての評価」、「これ以上の敵の進撃を阻止する計画の有無」、「今般の戦闘での「シャーム解放機構」のふがいなさ」に要約される。すなわち、同派の組織内や支持者・後援者の間に、この種の不平不満が蔓延しているということだ。質問に対するジャウラーニーの回答は、本来、第二、第三と備えるべき防衛線を整えることができなかった戦備の不足や、「シャーム解放機構」が他の武装勢力の資源を奪ったり戦闘員を投獄したりしているとの疑惑への釈明に終始した。なお、ジャウラーニーはトルコの参戦については「いいことだ」と論評し、トルコ軍が国際テロ組織に加勢しているというシリア紛争の実態をあからさまにした。

シリアの戦場から消えた反体制派

 敗因についてのジャウラーニーの釈明は、いくら聞いても釈然としないものである。なぜなら、前回の敗因分析の結果、占拠地域の防備を固め、住民の避難を許さず立てこもること、体制側との和解を志向する者を粛清することが対策として打ち出されており、今般の釈明を聞く限り、「シャーム解放機構」などが前回の敗戦を教訓として何かを改善していた節が見られないからだ。ちなみに、本稿でここまで名前を挙げた諸派のうち、トルコに従属する「国民軍」を除く諸派は、今般の攻勢を巡る外交上のやり取りで度々話題になった「ソチ合意」や「アスタナプロセス」に基づく対話も停戦もことごとく拒否しているため、彼らが「停戦」を遵守したが故に戦備が整っていなかったのではない。

 それでは、肝心の「シャーム解放機構」などの戦備、とりわけ人員はどこに行ってしまったのだろうか?この疑問の答えの一端は、なんとリビアでの紛争取材の記事に現れた。記事によると、2020年1月末の時点で既に2000人ものシリアの反体制派の戦闘員が、トルコによってリビアに派遣されて現地での戦闘に加わっていた。さらに、6000人を派遣する計画もあるようだ。リビアに渡った者たちは、トルコ国籍や大都市での住居を与えられていた上、月額2000ドルの給与を得てリビアに転戦したそうだ。

 リビアでも、トルコが与する勢力とロシアが与する勢力が争っているので、ここでトルコ勢に加勢するのはシリアの反体制派にとって論理的な整合性があるかもしれない。しかし、肝心のシリアでの戦闘を放棄し、現場を人員不足にしておいて、リビアで戦うことが「シリアの独裁と闘うこと」になるというのならば、それは空間を越えた奇術か、傭兵に堕したことを認めたくない詭弁のどちらかだろう。シリア紛争での反体制派の「お行儀の悪さ」については、すでに紛争初期から明らかだった。ただ、これはあくまでシリア紛争の現場での話であり、戦闘員がシリアを離れて他所で戦うというのなら、反体制派と呼ぶに値しないだろう。

展望

 今後、シリア北東部での戦闘の焦点は、トルコ軍がエルドアン大統領の発言通り政府軍をイドリブ県から排除する軍事行動に出るのか、或いは政府軍がさらに進撃を続けるのかが焦点となるだろう。ちなみに、イドリブ県の県庁所在地のイドリブ市は、これまでの戦闘の舞台となってきた街道のいずれからも外れているため、「別に取らなくてもいい」場所のようにも見える。

 また、今般の情勢推移を見ると、シリアとそこでの戦闘は、シリアだけでなくリビアをも「チェス盤」にしたトルコとロシアとの国際関係の問題のようにも見える。しかし、その「チェスのコマ」が単なる民兵や傭兵ではなく、イスラーム過激派の構成員であることに留意すれば、問題を国際関係や代理戦争としか認識しないのは危険ではないだろうか。国際紛争の当事者がイスラーム過激派を利用した結果、それが後日あらぬ方面に甚大な害悪を及ぼしたということを、人類は既にアル=カーイダや「イスラーム国」の事例で経験済みである。特に、トルコは「イスラーム国」が増長するに際し重要な役割を演じた挙句、同派による様々な攻撃事件の標的となった。イスラーム過激派を安直に利用する当事者への国際的な態度や評価をもっと厳しくすべきだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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