「ホワイトヘルメット」の末路

(写真:ロイター/アフロ)

「ドキュメンタリーは真実にあらず」

 2019年11月11日、トルコのイスタンブル市にて、ジェームス・レメジュラーという人物が自宅兼事務所前の路上で変死しているのが発見された。これについては、自殺の可能性が取りざたされたり、同人が睡眠薬を常用していたとの証言が出たりと、いろいろ不可解な点がある。しかし、レメジュラー氏自身は2016年にイギリスで叙勲された立派な人物であり、その素性や素行を詮索することにはたいして意味はない。

 ところが、彼がシリア紛争の当事者として一世を風靡し、一時期はノーベル平和賞の候補として挙げられた「ホワイトヘルメット」の主要な創設者である事実に着目すれば、その死はいろいろな憶測や好奇の目線の対象となってしまう。「ホワイトヘルメット」を敵視するシリア政府やロシアのような当事者が暗殺したのだろうか?それとも、「イスラーム国」の自称「カリフ」を見事なタイミングで殺害したのと同様、シリア紛争への「汚い」関与を隠蔽しようとした別の当事者に消されてしまったのだろうか?

 レメジュラー氏の死や「ホワイトヘルメット」そのものについて考えるときに重要になるのが、本節の小見出し「ドキュメンタリーは真実にあらず」である。これは、報道関係者や何か分析がましいことをする生き物にとっては初歩中の初歩の心構えである。つまり、いつだれがどのようにして持ってきたとしても、映像や画像、情報の類は発信者の利害や都合に合わせて選ばれ、編集されたものだということだ。シリア紛争は凄惨な現場の状況が、動画として同時進行で世界中にばらまかれた紛争として、時代の画期となった紛争だ。ただ、ここで動画を撮影するカメラが向いていないところがどうなっていたのかに思いを至らせた視聴者がどれだけいただろうか?私事だが、「干ばつに苦しむムスタン王国に恵みの雨があったか否か」を心配して文字通りひと夏を浪費したことがある(要するに見事に「やらせ」に引っかかったってこと)筆者は、自分が見聞きしたこと、撮影したことだけを絶対的な事実として視聴者のところに持ってくる者は、誰だろうが絶対信用しないし、プロだとも思わない。

「現地情報ハ神聖不可侵ニシテ犯スヘカラス」

 そのようなわけで、シリア紛争の当事者として「ホワイトヘルメット」やそのお友達が、敵対者の「悪魔化」や味方の「全面的な正当化」をするのは当然のことである。彼らが発信する情報や動画の信憑性については、シリア紛争の他の当事者との間の相対的なものにすぎない。シリア政府やロシアが「ホワイトヘルメット」の情報をでっち上げとして非難・告発する工作はいかにもお粗末でみっともなかったが、選択・編集を経た材料を受容するだけの視聴者が「ホワイトヘルメット」に対するいかなる疑義も批判も許さない、という態度で事態に臨むのも、同じくらい無益なことだった。日本だけでなく、世界中で影響力のある著述家やコメンテーターがこの不毛な論争に参加した。

 結局のところ、「ホワイトヘルメット」についての論争でダメだった点は、彼ら自身の業績・不行跡そのものではなく、彼らを無辜無謬の聖人君子として絶賛するか、テロリストの手先のプロパガンダ陰謀機関として敵視するかの間でどのような立場をとるか、というシリア紛争の現場とも実態とも無関係な「ポジショントーク」のネタとして消費されてしまったことだ。「ホワイトヘルメット」もその敵対者も、各々「彼らなりの」利害に沿ってシリア紛争をどうにかしようと一生懸命やったということであり、その結果はもう明らかになっている。

シリア人民の頭を華麗に踏みつけながら

 「ホワイトヘルメット」の活動と彼らが発信する情報は、「独裁政権」の悪逆ぶりを欧米諸国の世論に訴え、欧米諸国の軍事介入に頼って「独裁政権」を倒そうとした「反体制派」の戦術に沿うものだった。しかし、「反体制派」が現場での影響力を喪失してイスラーム過激派に乗っ取られたこともあり、この戦術の効果が時間の経過とともに低下したことは否定できない。2013年、2017年、2018年の「化学兵器使用疑惑」の際に欧米諸国が採った態度は「独裁政権」の打倒どころか懲罰にも牽制にもならず、アメリカ軍などによる爆撃があってもシリア政府の制圧地域は着実に拡大した。シリアの民間人の被害情報に対する欧米諸国の反応も、2019年7月29日付の『シャルク・アウサト』紙に掲載された寄稿文でアメリカのフォード元駐シリア大使が「アメリカに何か期待するな」と言い放ち、その冷淡さが一つの極致に達した。

 ここで心配になるのは、敗北必至の状況に置かれた「ホワイトヘルメット」の構成員や家族の命運である。ダマスカス近郊やシリア南部においては、欧米諸国の手引きで家族ともども脱出に成功し、欧米諸国の庇護下に入ることができた者がいたようである。しかし、このような脱出の在り方は、「ホワイトヘルメット」が救護・防衛していたはずのシリアの民間人を「独裁政権」の弾圧下に置き去りにした上、欧米諸国への入国とそこでの定住権の取得を待つ数万人は下らないシリア人の頭を踏みつけた見事な「割り込み」にも見える(脱出のエピソードの出所はシリア、イラン、ロシアの報道機関ではなく、アメリカの報道機関である。念のため)。「ホワイトヘルメット」や「イスラーム国」が、シリアをはじめとする中東に破壊と殺戮と不安定をもたらす謀略の産物だとは思わないが、「イスラーム国」の自称「カリフ」の殺害の報やレメジュラー氏の訃報に触れ、各々の団体の末端の構成員の末路にももう少し同情や関心が集まってもいいとは思う。