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中東の「親日感」についての考察:中東世論調査(シリア)の結果から

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 中東諸国の人民はおしなべて「親日的」であり、彼らと日本との関係は国家・社会・個人などの様々な水準で友好的である、と信じる日本人は多いのではないだろうか。中東の諸人民の「親日ぶり」の根拠としては、「日本は中東の諸人民に対する戦争や植民地支配の当事者ではない」、「日本製品・日本企業の製品の品質の良さ」、「日本起源のゲーム、アニメ、漫画の人気」など多々挙げることが可能で、そのどれもそれなりに根拠があることだろう。

 しかし、こうした感情は、我々が日常の食事や買い物などの場面で表明する「好き」と大差がなく、例えば国家・社会・個人にとっての重大な場面での選択に影響するものではないようにも思われる。また、単なる「素朴な好感」でも、それが感情である以上、放っておいても未来永劫変わらないとは限らない。本稿では、これまでも幾度か取り上げたシリア人に対する世論調査の結果を基に、日本に対する回答者の評価を考察する。

「親日」だから何でもうまくいくとは限らない

 アラブやムスリムが「親日的」だから、彼らとの関係は常にうまくいき、何かの時には助力が期待できると考えるのは正しくない。特に、世界を「正しいムスリムとその他」の二分法でしか認識できず、後者は積極的に虐待・迫害することを正しいと考えるイスラーム過激派やそのファンに対し、上記のような感覚で臨むのはまさに命とりである。

 また、日本において中東は相変わらず遠い存在であり、政治や外交だけでなく経済・学術交流・人的交流において優先順位が高いわけではない。中東における日本の存在感の低下は、「アラブの春」の前から危惧されていたことである。筆者の個人的な体験を通じても、かつては韓国、最近では中国の浸透ぶりや、政治・軍事面でのロシア動向を前に、日本が中東の諸人民との関係の構築・維持に割く資源や労力の少なさは実感できた。筆者が初めて中東を訪れたころ、現地の人々は道を歩く東洋人は「日本人」であるとあたりをつけてきたものだが、現在そのような場面にはまずないだろう。つまり、大局的状況として、中東の諸人民がいつまでもなんとなく日本に好感を持ち続ける状態は、とうの昔に望みようがなくなっていたともいえる。

 そうした中で、中東は「アラブの春」に伴う混乱に没した。そこで中東の諸国が、連携相手を選択する際や、現地の人々が生活や生死がかかった場面での日本を含む諸外国の振る舞いを評価する際、素朴な「親日感」はどれだけあてになるだろうか。「21世紀最悪の人道危機」とまで言われた紛争下で生きるシリア人民は、政治的立場のいかんを問わず現実的な判断・評価を迫られたことだろう。

シリア人民の対日評価

 本稿が依拠する世論調査は、各々異なる時期・場所・対象についての調査であり、「紛争前後の意識の変化」や「時系列的な意識の変化」を示すものではない。しかし、調査結果の一部は筆者の予想に反する厳しいものであり、これについて一考の価値がある。

 2017年にシリア国内で実施した難民・国内避難民ではないシリア人を対象とした調査では、各国の「支援」に対する評価についての回答は表1.の通り集計された。なお、シリア紛争については様々な当事者が各々の目的に応じて紛争に介入したため、「支援」という言葉をどのように解釈するのかは回答者に委ねた。

表1.中東世論調査(シリア2017):「シリア人民に対する各国の支援をどう評価しますか?」への回答。
表1.中東世論調査(シリア2017):「シリア人民に対する各国の支援をどう評価しますか?」への回答。

 シリア国内在住者が対象であるため、この調査ではシリア政府を支援したイラン、ロシア、中国への評価が高く、「反体制派」を支援したアメリカ、イギリス、フランス、サウジ、カタルへの評価が低くなった。日本はドイツやスウェーデンと並んで、その中間的な評価を受けた。「敵・味方」の判断と評価については、シリア当局に憚って「本音」を表明できないとされる事情なり、回答者らが「支援」とその提供者についてシリア国内の報道や現場で目にする頻度なりを勘案すべきであろうが、日本については「敵」扱いではない程度に評価されてはいたようだ。ただし、「わからない」という回答の多さが示すように、存在感の低さも同時に示されていた。ともあれ、シリア紛争を通じて外交的には「敵方」だった日本への評価がある程度高かったのは、日本が国連機関などを通じて、発電所の維持のようなシリアの社会資本の維持のための最低限の支援を実施していたことや、上述の伝統的かつ素朴な親日観をある程度反映したことが理由として考えられる。

 次いで、表2.は2017年に実施したトルコ在住のシリア人(難民キャンプに居住しない者)に対する、同様の質問への回答の結果である。なお、トルコに在住するおよそ360万人のシリア難民の9割は、「難民キャンプ」には居住していない。

表2.トルコ在住シリア人の世論調査(2017):「シリア人民への各国の支援をどう評価しますか?」への回答
表2.トルコ在住シリア人の世論調査(2017):「シリア人民への各国の支援をどう評価しますか?」への回答

 この質問への回答は、シリア紛争に対する回答者の政治的立場や見解を色濃く反映したものと思われる。「支援」という語をどう解釈するかはやはり回答者に委ねたのだが、トルコに在住するシリア人の間では、トルコへの評価が極めて高く、カタルがそれに続いた。これに対し、シリア政府を支援しているロシア、イラン、中国への評価は極めて低かった。ここまでは事前の予想通りの結果だったのだが、「反体制派」を支援しているアメリカ、イギリス、フランスへの評価も非常に低かった。つまり、トルコ在住のシリア人にとっては、「支援」を評価する理由は単に「反体制派」に与していればよいということではなく、彼らは「反体制派」支援国の間の立場や振る舞いの違いを認識していたと言えよう。また、一時的保護の対象者としてトルコに在住している立場上、トルコの「支援」を高く評価せざるを得ない事情もあろう。

 この調査結果で特筆すべき点は、日本に対する評価が「敵国」扱いのイラン、ロシア、中国並みに低いという点である。また、「難民危機」として知られる2015年~2016年のシリア人らのEU諸国への移動への対応で評判が悪かったギリシャ、ハンガリーとも同水準である。これは、「親日国」のはずのトルコ当局の影響下で行われた調査の結果としても予想外の結果である。この調査の対象者にとっては、日本による「支援」が彼らにとって役に立たないか、可視的ではなかったようである。どのような理由であれ、彼らが日本からの「支援」を評価するにあたり、「親日感」の発露は全くと言っていい程見られない。回答者たちが「独裁政権の軛」から解き放たれ、「本音」を表明できるようになった結果、日本は「敵国」扱いという回答になったというのならば、何とも嘆かわしい話である。

 一方、シリアの国内避難民が「あなたは以下の国、あるいは危機に際してシリア国内で活動していた以下の機関が、市民にとっての必要なものをどの程度提供していたと考えますか。」との問いに対して示した回答の集計は、表3.の通りとなった。

表3.中東世論調査(シリア国内避難民2018):「あなたは以下の国、あるいは危機に際してシリア国内で活動していた以下の機関が、市民にとっての必要なものをどの程度提供していたと考えますか?」への回答
表3.中東世論調査(シリア国内避難民2018):「あなたは以下の国、あるいは危機に際してシリア国内で活動していた以下の機関が、市民にとっての必要なものをどの程度提供していたと考えますか?」への回答

 この調査では国連、EUなどの選択肢が追加されているため、他の調査(特に2017年のシリアでの調査)との単純な比較はできないが、それでもシリア国内の評価では「味方」扱いのイラン、ロシア、中国と、「敵」扱いのアメリカ、イギリス、フランス、サウジ、トルコ、カタルとの中間の評価を受けているように見える。「独裁政権」が回答を操作・捏造し、日本に二国間関係の改善や支援の増加を促したいのならば、評価の高低がより極端になっていたとしても不思議ではない。表3.では、日本側に「ドイツやEU並みに評価されている」との安堵感すらもたらしかねない。既に別稿で紹介した通り、「今後の復興への貢献に対する期待」という問いでも、日本に対する期待感は中途半端な高さ/低さに終わった。将来への期待を問う質問について、筆者は紛争前の支援の実績や「親日感」に鑑み、イランやロシアよりも日本が期待されることも予想していたが、それとは異なる結果となった。

どうする?どうなる?「親日感」

 本稿では、避難民ではないシリア人(2017年)、トルコ在住のシリア難民(2017年)、シリア国内避難民(2018年)への世論調査からそれぞれ各国の「支援」に対する評価や今後の復興への貢献に対する期待感について、回答者の日本に対する見方を考察した。その結果、回答者の間に「親日的」な印象や期待感があるとは言い難いように思われた。これはシリア紛争という極端な状況下での結果であり、より穏やかな環境にいる中東の諸人民の間では、伝統的な「親日感」は保たれているかもしれない。しかし、紛争などの事情により国や社会の存亡、個人の生死がかかった場面で、日本は頼りにされたり期待されたりするほどの関係を築き得ていなかったとの、厳しい解釈もできる。

 一般に、他者が自分に好意的であることは望ましいことだろうから、根拠は何であれ中東の諸人民が「親日的」ならばそうした感情は日本全体の財産として維持・強化すべきものだろう。そうならば、シリア人民にも日本への評価や期待が高まるような手立てを講じればよいだろうか。繰り返すが、日本からシリア国内、特に政府の制圧地への支援は、第三者を通じたものとは言え最低限度の水準で実施されている。この事実を現地の人々に広く知らしめれば良いように思われるかもしれないが、それも簡単ではない。なぜなら、その程度の支援に対してすら、「「独裁政権」の制圧下の人民の生活水準の向上のための支援などすべきでない」との誹謗中傷じみた非難が寄せられ、そうした非難はイスラーム過激派の反日広報に利用されてもいるからだ。中東における「親日感」を維持するための働きかけが、裏目に出るなり、悪意で解釈されるなりする危険性もある、難しい状況だ。

 冒頭に挙げた通り、中東の諸人民は「親日的」だとか、日本を高く評価していると信じる理由は様々である。しかしそれらはどれも一朝一夕にできたものではないし、特定の個人や組織がそのような結果を目指して振る舞ったからできたものでもない。日本と中東の諸人民との関係を、漠然としたイメージに頼るのではなく、実証的な裏付けを伴う関係としてどのように発展させる(させない)のかについて考える時が来ているのだろう。

参照資料

「中東世論調査(シリア2017)」単純集計

https://cmeps-j.net/wp-content/uploads/2017/06/report_syria2017.pdf

「トルコ在住シリア人の世論調査(2017)」単純集計

https://cmeps-j.net/wp-content/uploads/2018/01/report_turkey2017.pdf

「中東世論調査(シリア国内避難民2018)」単純集計

(近日公開予定)

注記:本稿は、科学研究費助成事業「世論調査による中東諸国民の政治意識と政治体制の相互連関の解明」(基盤研究(B) 23310173)、「中東の紛争地に関係する越境移動の総合的研究:移民・難民と潜入者の移動に着目して」(基盤研究(B) 16H03307、)「東アラブ地域の非公的政治主体による国家機能の補完・簒奪に関する研究」(基盤研究(A) 18H03622)の事業で行った現地調査・世論調査に基づくものである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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