イエメン紛争のもっとも深刻な問題

フダイダ市内の露天商(写真:ロイター/アフロ)

 2015年3月にサウジが率いる連合軍が介入して以来本格化したイエメン紛争が、連合軍などによるフダイダ攻撃により一つの山場を迎えた。フダイダは、紅海に面する港湾都市で、現在はサナアなど「アンサール・アッラー」(俗称:フーシー派)の制圧地帯への援助物資の陸揚げ地であるとともに、サウジなどはイランから「アンサール・アッラー」への武器の供給路であると主張している要衝である。同地を連合軍が制するようならば、「アンサール・アッラー」に対して兵器や軍需物資の供給を絶つことも可能となるので紛争の転機になるともいえるが、その一方でイエメンの首都サナアなど「アンサール・アッラー」が制圧している地域への援助物資の供給が滞り、現状よりさらにひどい人道危機を招く可能性も高い。

なぜイエメン紛争の実態がよくわからないのか?

 イエメン紛争の状況についての情報が量・質ともに不十分で、被害の実態や現地の実情がよくわからない状態となっている理由として、イエメンから発信される「現地情報」についての世間の関心が低い、現地に情報を有力な経路に乗せて世間の関心を引くだけの資源や技量を持つ主体がいない、現地情報を発信する主体が意図する視聴者や情報の論旨があまり一般的ではない、などを考えることができる。例えば、今般攻撃対象となっているフダイダには、国連機関の推計によると約60万人が居住しており、25万人が戦災に見舞われる恐れがあるらしい。これは、「民間人被害」が国際的に喧伝されたシリアのアレッポでの戦い(2016年)、ダマスカス東郊での戦い(2018年)で攻囲された地域に住む民間人の数に勝るとも劣らない。

 にもかかわらず、イエメンでの惨状に対し一向に世論の関心が高まらないのは、人類としてのイエメン人の価値がシリアの「反体制派」の占拠地域にいた人々より劣るからではない。単に「ニュースとしての価値」や「ニュースとして伝えるための資源や技量」に差があるだけだ。同様の事態は、シリア政府軍の制圧地域に対するイスラーム過激派の封鎖や殺戮、イラクのモスルでの戦い(2017年)での民間人被害についての報道や世論の動向でも観察されてきた。なぜイエメン紛争についての情報が量・質ともに不十分なのか、なぜイエメン人の苦境に同情する声が上がらないのかという問いに敢えて乱暴な表現で答えるのならば、「シリア軍の制圧地域やイラクのモスルと同様、イエメンにも白いヘルメットもツイッター少女もいない」ということになるだろう。逆の視点から見れば、白いヘルメットやツイッター少女は、政治的・商業的・社会的に、シリアの「反体制派」の占拠地域にだけ現れる理由があったということだ。

「イエメンにはかかわるな」

 筆者がアラビア語を学んでいたころ、サウジの初代国王であるアブドゥルアズィーズ・ビン・サウードが「イエメンにはかかわるな」と言い残して亡くなったという、都市伝説めいた話を耳にしたことがある。アブドゥルアズィーズ自身がイエメンとアシール地方の領有をめぐって戦争し、その後サウジも1960年代のイエメン内戦に関与したこともある。また、ウサーマ・ビン・ラーディンの父がイエメン出身であるように、サウジとイエメンとの間の関係は「かかわるな」では済まないものである。とはいえ、イエメンの人口規模、乏しい天然資源、各地に割拠する部族などなどの事情に鑑みれば、サウジだけでなくほかのどの国から見てもイエメンを軍事的に制圧したり、政治的に制御したりするのは困難で割に合わない仕事のようにも見える。

 2015年以来のサウジによるイエメンへの介入は、こうした困難さや割の合わなさに対する成算があるのか、対策があるのかがよくわからない、という意味で極めて危ういものである。例えば、「アンサール・アッラー」はイエメン北部の地元の宗派の信徒を中心とする人々であり、彼らを敵視・排除するだけではイエメンの将来像を描く上では適切ではない。この点は、「イスラーム国」がイラク・シリアをはじめとする世界の大半の地域にとって、物理的にも思想・信条的にも外来の存在であり、外部からの資源供給を絶って掃討することが有効だったのと根本的に異なる。

 アラビア半島の産油国、すなわちイエメン紛争に介入する諸国のほとんどは、自国の政治・経済・社会について2030年以降を見据えた長期的な構想を発表し、実現のための施策をとっている。同じ諸国が、なぜイエメンについて長期的な見通しも、その実現のための計画も打ち出せないのかは、不思議なことだ。