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「イスラーム国」のあとかたづけに不可欠な当事者

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

あとかたづけせずに済ませてはならない「イスラーム国」現象

 シリア、イラクの両軍が、両国の国境地帯の要衝であるアブー・カマールとカーイムを解放した。これは「イスラーム国」にとっては最後といってもいい拠点の喪失を意味するが、イラクとシリアにおいてはずっと以前から「イスラーム国」の敗亡は確実な情勢だった。いつ、だれが、どうやって、同派を殲滅するかが問題だったにすぎない。

 それでも「イスラーム国」について、「思想は残る」とか「戦闘員やその家族が帰還・拡散する」とみる見解も強い。しかし、ただそのように論評して不安をあおるだけだったら実に簡単な行為だ。「イスラーム国」や伴う諸現象を好ましく思う者はほとんどいないはずなので、同種の現象が二度と流行しないように対策を講じるのかが重要である。

 「思想は残る」という懸念については、「イスラーム国」の共鳴者や模倣者は何を期待しているか?という観点から対策を検討しうる。彼らが「イスラーム国」の公式な媒体を筆頭に、イスラーム過激派のファンの中で権威ある媒体で「認定され、讃えられる」ことを求めているならば、何よりも先にそうした媒体とその運営者、扇動者、情報拡散者をつぶすことが必要である。イスラーム過激派の広報媒体の活動や権威が衰えれば、そこでの認定や称賛を求める共鳴犯・模倣犯も衰えるだろう。

「帰還・拡散」の問題については、チュニジアやサウジのように送り出しにも帰還にも甘い「ダメな国」があるのに要注意だ。これらの諸国や、「イスラーム国」の構成員の経由地となっているトルコのような国には、適切な対策が取れるよう支援することと共に、各国が問題に真剣に取り組むよう厳しく促し、監視することが必要だろう。

 一方、欧米諸国は「イスラーム国」の残党の「帰還・拡散」を防止するため、彼らをイラクやシリアで「処分」したい、してほしいと考えているフシがある。欧米諸国にとって、離反・逃亡したと称する者や、無理やり連れ去られたと被害を主張する者でも、彼らが本当にそうなのかは調べようがない。彼らが「イスラーム国」の構成員だった時の犯罪を調べ上げ、訴追するのも容易でない。また、「イスラーム国」の構成員や家族を自国で訴追・懲罰しようにも、欧米諸国の刑務所や更生施設はイスラーム過激派にとって「天国」のようなものであり、そこは新たな勧誘や組織化の機会を提供するだけになりかねない。だからと言って戦場に処刑部隊を送り込んで処置しようとしても、それはそれで各国が日ごろ主張する人道や人権にもとる行為だろう。そこで必要となるのが、「イスラーム国」の戦闘員・家族や支持者を戦地で容赦なく虐待・処刑する主体である。イラクにおいては、「宗派主義的」動機にかられていることになっているシーア派民兵や、犯罪抑止のシステムとして同害報復の慣行をフル回転させるかもしれない地元の部族が有力候補になるだろう。

再び欧米諸国にとって必要不可欠な存在になろうとしているアサド政権

 シリアにおいて「イスラーム国」のあとかたづけをするのは、「みんなが大好き」なアサド政権とその仲間以外に候補者は見当たらない。欧米諸国が支援している「反体制派」は、実際のところはイスラーム過激派の手下か仲間に過ぎず、彼らは「イスラーム国」の残党をかくまったり逃がしたりすることはあっても、欧米諸国の都合がいいように「処分」してはくれないだろう。また、「反体制派」自身もアラブ、ウイグル、トルクメン、カフカスなどからのイスラーム過激派の外国人を多数抱えていると思われるため、長い目で見れば彼ら自身が「処分」の対象となりうる。

 アメリカが支援したクルド勢力にしても、「イスラーム国」の戦闘員・家族の「処分」で著しい人権侵害や残虐行為には出られないだろう。シリアのクルド人が、国際的な支持や同情を得ることに失敗して2003年以来築き上げてきた既得権益を全て失いかけているイラクの同胞たちから教訓を得るのならば、自分たちが「誰かを迫害している」というイメージは最も忌むべきものである。シリアのクルド人をテロリストとみなし、いまにも襲い掛かってきそうなトルコを前にして、国際的な支持・同情を失うことは、クルド勢力としては避けねばならない。そして、何よりもクルド勢力が「イスラーム国」の戦闘員や家族を大規模に「処分」するような事態に至れば、クルド勢力を支援してきたアメリカが、その政策の是非を問われることにもなりかねない。

 一方、アサド政権が「イスラーム国」の残党を「処分」してしまっても、欧米諸国は「今まで通り」その正統性を否認し、時折非難声明を採択したり、制裁を課したりすれば済む。ただし、欧米諸国でなくとも「イスラーム国」の帰還者を自国内に抱え込むリスクとコストを負担したい国は多くはないだろうから、アサド政権打倒の機運はさらにしぼんでいくだろう。そして、このような役回りは、アサド政権が「テロ支援」のそしりを受けつつもヒズブッラーやパレスチナ諸派を庇護し、それらの対イスラエル武装闘争の量と質を一定の範囲内に制御してきたという、シリア紛争勃発前の存在価値と同種の役割である。

 「思想の残存」でも「帰還・拡散の阻止」でも、イスラーム過激派やそれに類する現象の脅威を断つためには、「イスラーム国」のあとかたづけをしなくてはならない。しかし、それに伴うリスクもコストも負担したくないというのなら、シリア政府やシーア派民兵でなくとも、どこかの誰かに「処刑人」役を外注せざるを得ない。こんな役回りをタダで引き受ける当事者はもちろんいない。シリア政府が国内で制圧地を拡大すること、政治・経済・社会的な求心力を強化すること、国際関係で当事者能力を回復することを黙認するのが、欧米諸国がシリア政府に与えうる「報酬」となるだろう。シリア政府の弾圧や暴虐が嫌なら、そうしたリスクとコストを自分で負担すればいいだけだ。

 中東、特にアラブ諸国では、「アラブの春」後の混乱やそこから生じた様々な弊害を処理する局面にある。日本も含む先進国に害悪を及ぼすような政治・社会問題や組織・活動家を、「こちらからは」見えないように圧殺する為政者の再来・復権は現実のものとなりつつある。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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