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シリア紛争から見る中東・国際情勢

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ダマスカスの象徴の一つ、ウマイヤモスク(写真:ロイター/アフロ)

中東において、地域内外の諸当事者間の対立が激化し、緊張が高まっている。その代表的なできごとが、シリアにおけるシリア政府・イラン・ロシアとアメリカとの緊張の高まりであり、アラビア半島におけるサウジなどとカタルとの対立であろう。これらのできごとがシリア紛争に「どのように影響を与えるか」ということが当座の関心事となろうが、シリア紛争の状況推移の一つ一つに地域内外の諸当事者の関係が反映されているとみることもできる。

1.シリア・イラク国境地域での緊張

5月半ば過ぎから、シリア・イラクの国境地域での緊張や戦闘が激化した。これは、アメリカなどが「反体制派」諸派と共にシリア・イラク国境地域の占拠に乗り出してヨルダン領から侵入したことが契機である。ヨルダン領でアメリカなどが育成していたことになっている「反体制派」諸派は、これまで「イスラーム国」対策にも「反体制武装闘争」にもろくに参加してこなかったが、「イスラーム国」の敗勢が明らかになってようやくシリア領に乗り込んできた。

実はこの動きには「イスラーム国」対策とはまったく別の意味がある。アメリカが「イランの伸張阻止」を重視し、イラン・イラク・シリアを結ぶ陸路の連結を阻むためにシリアとイラクの国境沿いを占拠して阻止線を構築しようとしたのである。これにシリア政府が反発し、イラクとの国境の砂漠地帯に部隊を進めた。アメリカ軍はシリア軍を爆撃するなどしてイラクとの国境通過地点を「防衛」したが、シリア軍はそれを迂回してイラクとの国境に到達、イラク軍と対面した。そこからイラクを経由してイランの兵器がシリアに搬入されるようになったとの情報まであるので、現時点では「阻止線」は成功していない。

そうなると、シリア・イラクを結ぶ幹線道路と国境通過地帯を占拠することは、「イスラーム国」対策の上では無意味なだけでなく、シリアとイラクとの往来を妨害する(=両国の復興や国民生活を邪魔する)以外の効果がないことになる。また、誰がどのように負担していつまで占拠した地域を維持するかもわからない。また、アメリカ軍はシリア北部でも「イスラーム国」を爆撃していたシリア軍機を撃墜し、一方的に設置した勢力圏を固めようとしているが、シリア北部についてもその領域をどのように運営するかはわからない。

以上のような動向は、アメリカが「イスラーム国」を殲滅した後のこと見据えて手を打っていることを示す一方で、「イスラーム国」対策にもシリア紛争の収束にもさして効果がない活動に資源を費やしているともいえる。2011年以降、シリア紛争や「イスラーム国」対策でのアメリカの政策は、中途半端で無責任と特徴付けられるべきものであるが、現在の動きはそうした傾向を一層強めている。

2.アレッポ県北部でトルコ軍配下の武装勢力とクルド勢力とが交戦

シリア北部のアレッポ県では、2016年夏からトルコ軍が侵攻し、配下の「反体制派」武装勢力を前面に立ててアレッポ県北部を占領した。現在この領域は、シリア政府の制圧地域やクルド民族主義勢力が占拠する地域と隣接しており、「イスラーム国」対策としてこの地域が存在する意味は皆無である。また、トルコ軍の配下の武装勢力は、トルコ軍の同意や司令がない限りシリア政府軍と交戦することすらできない。トルコは一応ロシア、イランと共にシリアにおける「緊張緩和」を監督する立場にあるため、「アサド政権打倒」を標榜していても、自らの軍事力を動員したり、配下の武装勢力を用いたりしてシリア政府を攻撃することはできない。そうなると、トルコ配下の武装勢力は、「イスラーム国」とも「悪の独裁政権」とも戦わない集団に過ぎず、彼らは今や「反体制派」ですらなくなった。

そんな武装勢力諸派の唯一の仕事は、トルコが敵視するクルド勢力を攻撃することである。そうはいっても、クルド勢力はアメリカが「イスラーム国」対策の地上兵力として支援する「民主シリア軍」の主力であり、同派は現在ラッカ市攻略の最中である。つまり、トルコ軍配下の武装勢力がクルド勢力に対して大きすぎる戦果を挙げれば、それはまさに「イスラーム国」対策の努力を後ろから刺すことになる。その結果トルコ軍配下の武装勢力の活動は、小競り合い程度に終始している。

また、トルコにしてもクルド人の民族主義運動やPKKの勢力伸張を抑える問題は、シリア領の一角を占領すれば済むという問題ではなく、国内で内政問題として取り組む課題も多い。そうなると、トルコにしても「アサド政権打倒」にも「イスラーム国」対策にも、クルド人対策にもさほど役に立たない占領地をいつまで維持するか、という問題を抱え込むことになる。

3.サウジ・カタル間の対立

一方、「反体制派」の政治連合からは、団体や活動家の離脱・排除が相次いでいるようである。これは、最近のカタル・サウジ間の対立激化が原因で、ジュネーブでの対話などに姿を現す「最高交渉委員会」からカタルの支援を受けてきた団体・活動家が離脱したり、排除されたりしつつあることを反映している。もっとも、「反体制派」に分類される活動家・団体・武装勢力間の相互関係は元々非常に悪く、各々がサウジ、カタル、トルコ、欧米諸国など外部のスポンサーを背景に辛うじて寄り合い所帯を作っていたといってもよい。スポンサーの関係がこじれれば、今後彼らが「反体制派」として足並みをそろえることは一段と困難になる。また、サウジ、カタル、UAE、クウェイトなど「反体制派」のスポンサーであるアラビア半島諸国が、彼ら自身の対立やその調停に資源を投じざるを得なくなれば、シリアの「反体制派」への関心と支援も低下していくだろう。サウジとカタルとの対立に代表されるアラビア半島諸国の対立は、シリアの「反体制派」に名実共に引導を渡す結果につながりうる。

アラビア半島諸国間の対立で注目すべき点としては、長年イスラーム過激派への資源供給経路と疑われてきた「カタル慈善協会」がサウジなどによって制裁対象に挙げられたことがある。その功罪は論評しないとして、カタルはシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線(現:「シャーム解放機構」)」と関係が深く、シリアやレバノンで同派が引き起こした人質事件の「解決」を「仲介」したといわれている。つまり、カタルはシリアにおけるアル=カーイダとの人的接触や資金提供の経路を持っていたということになる。

サウジなどがいう「テロ」には、シリア紛争や世界的なイスラーム過激派対策と重なり合わない部分があるものの、最近の動きはカタルから「ヌスラ戦線」などへの資源の流れに影響する可能性がある。そうなれば、資源供給や権益を巡り、シリア紛争の当事者であるイスラーム過激派や武装勢力諸派間の抗争が激化することも予想される。

ここまでの情勢推移については「中東かわら版 2016年189号」、「中東かわら版 2017年56号」も参照。

こうしてみると、シリア紛争の現場の動きは相変わらず「複雑」で「わからない」ように思えるかもしれないが、事態は至って単純である。今やアメリカ、サウジ、カタル、トルコのような当事者は、「アサド政権打倒」や「イスラーム国」対策のような、紛争の争点だったはずの問題とは関係が薄い争点で利益を争っているのである。もっとも、諸当事者がこのような態度を取るのは、2015年秋のロシア軍の本格介入、2016年末の政府軍のアレッポ制圧などを契機に、シリア紛争の帰趨に相当程度めどが立ったことが一因である。諸当事者がシリア紛争後、「イスラーム国」後を見据えて振舞っているからこそ、中東内外の諸国の関係にも新たな動きが生じたといえよう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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