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すべての交通参加者を安全へと導く、マツダのコ・パイロットという考え方<前編>

高根英幸自動車ジャーナリスト
写真:マツダ

高齢ドライバーの運転能力低下が問題視されているが、高齢者が抱えている運転に関する問題は、直接的な運転操作ミスだけではない。今年9月にも東京・九段でタクシー運転手が信号待ちの間に体調が急変し、意識を失った結果クルマは急発進して歩道の歩行者をはねるといういたましい事故が起こっている。

こうしたドライバーの運転中の体調急変による交通事故は年間200から300件近く起こっており、高齢化により増加傾向にある。

そんな高齢ドライバーの運転を支える画期的な運転支援システムが来年、登場する。それはマツダのコ・パイロット・コンセプトと言う。一言で言えば、この装備はドライバーの運転を常に見守り、万が一の際にはクルマを安全な位置で停車させる。

ドライバーの運転状態をモニタリングする仕組みは、すでに実用化されている。代表的なのは、ホンダがレジェンドに搭載し限定でリース販売したレベル3の自動運転「トラフィックジャムパイロット」があるが、日産のプロパイロット2.0やトヨタのAdvanced Drive、さらには三菱ふそうの大型トラック、スーパーグレードなどにも搭載されている。

だが、これらとコ・パイロットでは決定的に違う部分がある。それはホンダや日産の自動運転がドライバーが運転操作できるか見定めているのに対し、コ・パイロットでは運転できない状態に陥っていないか見守っているということだ。

この違いは分かりにくいかもしれないが、実際には天と地ほどの違いがある。それはドライバーの運転能力を見定めるのと、健康状態まで見守っているか、ということだ。

つまり前者はドライバーが体調急変に陥っても、運転能力不適合という評価を下すしかないが、一方の後者はすぐさまSOSを出し、安全な場所で停車して救急車など救援を手配して待機する。

事故を未然に防ぎ、体調急変に陥ったドライバーを救うよう機能するのはどちらか、という問いには答えるまでもないだろう。

厳密に言えばホンダのトラフィックジャムパイロットは、作動中にドライバーに異変が起これば運転出来ない状態と判断して、安全な場所に停車してサポートと通信を行ない、ドライバーが応答しなければ救急車を急行させることもできる。しかし、それは高速道路上であり、なおかつACC(アダプティブクルーズコントロール)&LKS(レーンキープアシストシステム)か、トラフィックジャムパイロットを選択して走行している状態でのことだ。

コ・パイロット開発の経緯を開発主査から訊く

このコ・パイロット・コンセプトの開発主査を務めているマツダの栃岡 孝宏氏に話を伺うことができた。

実は、栃岡氏には以前にも話を伺ったことがあった。最初に話を伺ったのは、もう5年も前のことだ。2016年に東京大学で開催された、長寿と健康に関するシンポジウムでの講演を拝聴し、そのテーマに関する研究成果を解説してもらった。

それは「音声病態分析学」という新しい研究分野によるもので、人間の声で感情や心理状態、さらには心の病気や脳や循環器系疾患の予兆まで判断できる可能性を持っている。

6年前に伺った時には、音声病態分析学をコ・パイロット・コンセプトに応用していくという方向性だった印象だが、先日発表されたコ・パイロット・コンセプトのロードマップでは、来年導入される1.0、そして2025年に導入予定の2.0でも音声認識によるドライバーの状態判断は実現予定技術に入っていない。

このあたりの経緯についてまずは確かめたい。

「一番最初にコ・パイロット・コンセプトを発表したのは2014年のCEATECでのことでした。プロジェクトとしては、その前年の2013年から始まっています」(栃岡氏)。

つまり音声病態分析学の研究をされる前から、コ・パイロット・コンセプトの開発はスタートしていたのだった。マツダが関わっていることからクルマへの応用を考えていたのは当然だろうが、すべてはコ・パイロットの開発のためだったことに、改めてこのシステムへの取り組みの深度を感じさせる。

コ・パイロットで採用されているドライバー異常検知システムのパラメータと判断方法
コ・パイロットで採用されているドライバー異常検知システムのパラメータと判断方法

音声病態分析学の導入計画も気になるが、その前に訊いておきたいことがあった。ドライバーをモニタリングする、特に体調面をセンシングするのであれば、ステアリングやシートから生体情報を取得することは考えなかったのか、ということだ。すでにシートに取り付けて体表脈波(心臓と大動脈の揺動)からドライバーの疲労度を推定し居眠り運転を防止する、スリープバスターという商品もある。

「スリープバスターを開発したデルタ工業さんとは、シートの試作品をお願いするなど取り引きはあるので、知っています。しかしコ・パイロットに関しては、産総研や筑波大学、さらにはコンソーシアムで協業している部分もあるんですよ。筑波大学の大学病院にも協力してもらい、ドライビングシミュレータをたくさんのモニターの方に操作してもらい、心疾患や脳疾患が発症した時に身体がどういう状態、どういう動きをするのかカメラと生体情報を取得して集めました」。

それによって運転操作と視線の変化が生体情報とどう関連しているのか徹底的に調べたのだ。異常を検知するアルゴリズムをしっかりと作っているので、それを活かしていきたい、と栃岡氏。まずはカメラで出来る領域を極めたい、という姿勢が伝わってきた。

その上で、目指しているのはクルマとドライバーが会話することで、音声から感情や元気を推定し、運転や検診などのアドバイスまで行なえるという機能だ。前述したように、それは現在公表されているコ・パイロット・コンセプトのロードマップには含まれていない。ということはコ・パイロット2.0よりも先の領域で実現するレベルの話だ。

それでも来年導入されるコ・パイロット1.0でも多くのドライバー、交通参加者を安全、安心に導くことは間違いない(後編に続く)。

自動車ジャーナリスト

日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。芝浦工業大学機械工学部卒。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、様々なクルマの試乗、レース参戦を経験。現在は自動車情報サイトEFFECT(https://www.effectcars.com)を主宰するほか、ベストカー、クラシックミニマガジンのほか、ベストカーWeb、ITmediaビジネスオンラインなどに寄稿中。最新著作は「きちんと知りたい!電気自動車用パワーユニットの必須知識」。

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