Yahoo!ニュース

燃費ではすでにATが凌駕、それでもなおMTが未だ持つ魅力

高根英幸自動車ジャーナリスト
(写真:rockptarmigan/イメージマート)

新型ホンダ・シビックの販売において、MT比率が2割を超えるほど高く、しかも20~30代の購入者が最多層だと言われている。これはシビックのMT車の基本性能の高さを若年層ドライバーが評価して、買い求めているということだろう。MT車の運転操作を積極的に楽しもうとする若年層がそれだけいることは、同じクルマ好きとして単純に嬉しい。

筆者はクルマのメカニズムについて解説記事を任されることが多い。そんな仕事の上では複雑な多段ATや、摩擦と滑りの境界を制御するCVTも非常に興味深いが、自分で運転するクルマであれば、断然MTを選択する。これまで13台の愛車のうちAT車は3台のみで、自分でAT車を選択して購入したのは2台だけだ。

だがご存知の通り、運転免許の取得比率から見ても、乗用車の販売構成から見ても、今や日本のクルマ市場は圧倒的にAT車需要が高い。MT車は特定のスポーツカー(例えばマツダ・ロードスター)でこそMT比率は十分に高いが、その他のカテゴリーではMT車の設定があるクルマでも、販売台数の9割以上はATというのが一般的だ。

多段化されたことによってAT車の高速巡航時のエンジン回転数は大幅に引き下げられたため、燃費性能は格段に向上し、もはや(ドライバーによって数値が左右されにくいという点も含めて)燃費ではMT車を上回る能力を身に付けている。

MTでも変速比幅(1速からトップギアまでの変速比の差)を大きくすれば巡航時のエンジン回転数を低めることはできるが、変速1段ごとの減速比の差を大きくすると加速時にシフトアップした時にエンジン回転数がドロップしてスムーズな加速が難しくなる。現在6速もしくは5速が一般的なMTでは限界があるのだ。

変速段数を多くすれば、シフトミスの可能性が高まるだけでなく、シフト操作の煩雑さが燃費性能を低下させることにもつながる。さらにMTの場合、変速時にはクラッチを切って駆動力が断続されるため、変速操作が多ければそれだけ損失も増える。

ガラパゴス化された変速機とまで言われたCVT(無段変速機)も、日本ならではの粘り強いキメ細やかな開発によって、加速フィールや駆動損失が改善され、海外でも認められるようになってきた。

だがMTも50から70km/hあたりでクルージングするなら、かなりの好燃費を引き出すことはできる。それ以上の速度になると絶対的な減速比の小ささでATやCVTにアドバンテージが出てくるのである。

損失の少なさから燃費に優れ、シンプルな構造ゆえタフで、クラッチ交換やオーバーホールをしても比較的費用は抑えられるというのが、従来言われてきたMTのメリットだった。しかしATやCVTの耐久性も高まり、クルマを買い替えるまでにATやCVTがトラブルを起こすケースは少なくなった。となると、MTのメリットは実質的には消失してしまったのだろうか。

今なお得られるMTのメリットとは、やはり運転の楽しさ

ペダル踏み間違いを防止出来るとか、認知症の予防につながるというのは、あくまでもMTの操作の複雑ぶりがもたらす副次的な効果だ。

アクセルペダルの僅かな動きに対して、クルマがダイレクトに反応するのは、やはりMTならではの特徴だ。ATでもMTモードなどでシフトダウンすればエンジンブレーキが効き、加減速でのダイレクト感が高まるが、トルクコンバータをロックアップしていてもダンパースプリングによる衝撃吸収や湿式クラッチのマイルドさが、MTのダイレクトさとは異なる感触を伝えてくる。それはMTをベースにした2ペダルのDCTでも同様だ。

MTは自分の操作がクルマの動きにそのまま反映されるから、一体感を感じるのだ。それだけにシフト操作がスムーズに行かなければ、それは車体全体に衝撃として伝わって乗員を不快にさせる。これは多くのドライバーがMTを敬遠する大きな理由の1つであることは間違いない。

つまりMTはキチンと操作してやらないと、スムーズに走らせることができないのである。ヒールアンドトゥが決まった時に気持ちいいとか、ペダルワークによる荷重移動でクルマを振り回せるのも楽しいが、スムーズに走らせるだけでMTはクルマとの一体感を感じられるのだ。

首都高速や峠道などシフトワークを楽しめるような道路でだけ楽しく、残る環境は我慢を強いられているというのではなく(確かに渋滞時だけは我慢かもしれないが)、普通に街を走らせているだけでもMT車を運転することが楽しいのである。

クルマを運転する時の操作方法として、手間が掛かることが楽しいのだと思う。ここでMT車の始動から発進、加速までの操作を文章化してみよう。

クラッチを踏んでスターターを回し、エンジンにオイルが行き渡った頃に再びクラッチを踏んでシフトレバーを1速にシフト。アクセルペダルを僅かに踏んでクラッチペダルを戻し始め、クルマが動き出したらアクセルペダルをさらに踏み込みながらクラッチペダルを戻して、エンジン回転をドロップさせないようにしつつ発進させる。

完全にクラッチを繋いで加速したら、再びクラッチペダルを踏み込むと同時にアクセルペダルを戻し駆動力を切って、シフトレバーを1速から2速へシフト。クラッチペダルの足を浮かせてクラッチを繋ぎながら、アクセルペダルを踏み込んで加速を再開させる。2速以上のシフトアップもこの繰り返しだ。

クルマの運転をどこまで楽しむか、それは音楽にも通じる

こんな面倒なことのどこが楽しいのか理解できない、という方のために音楽に例えてみよう。音楽の楽しみ方にも色々あるが、単純に素晴らしい演奏の音楽を聴きたいだけなら、ハイレゾ音源を聞けば済む。自分で演奏したいと思っても手軽に扱える電子ピアノでリズムを刻ませたり、録音して聴き直すヒトもいる。

その点、グランドピアノは演奏するためのハードルが高い。そもそも場所を取るだけでなく、電子デバイスによる援護がないから、自分が弾いた音がそのまま音楽になる。繊細なタッチも再現できなければ、そのまま粗さとして伝わることになる。

一流のピアニストでなければ、他人に聴かせるほどの音楽ではないだろう。それでも自分で音楽を奏でて聴きたいのだ。おそらく筆者のMT車に対する姿勢は、このグランドピアノなのだと思う。

アクセルペダルだけでなく、ブレーキペダルもバイワイヤー(物理的な接続ではなく、電気信号に変換して伝達する方法)となりつつある現在でも、MTの操作は3つのペダルとシフトレバーの動きをハーモナイズさせる必要があり、その組み合せは無限大だ。同じようにスムーズに運転していたとしても、その操作には微妙な違いがある。

高性能なクルマを自分で所有して、公道上で操ることを無上の喜びとしているドライバーもいるだろう。それもMTのもつ魅力だが、それだけではなくクルマを操ることを心底楽しむのであれば、MTが最適なデバイスであることは揺るぎようがない事実だ。

冒頭のシビックMT車の若年層からの人気ぶりに話を戻そう。この需要には、エンジン車が無くなる前にMT車の楽しさを味わいたい、という欲求が背景には感じられる。

これから先、純エンジン車は無くなっていくのだろうが、若い世代にクルマを楽しもうとする姿勢が感じられることを自動車メーカーは意識するべきだ。エコなだけ、快適なだけではカーシェアに収束されていくことになる。

自動車ジャーナリスト

日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。芝浦工業大学機械工学部卒。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、様々なクルマの試乗、レース参戦を経験。現在は自動車情報サイトEFFECT(https://www.effectcars.com)を主宰するほか、ベストカー、クラシックミニマガジンのほか、ベストカーWeb、ITmediaビジネスオンラインなどに寄稿中。最新著作は「きちんと知りたい!電気自動車用パワーユニットの必須知識」。

高根英幸の最近の記事