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池袋暴走事故の判決確定。クルマの運転をする我々が、見直さなければならないもの

高根英幸自動車ジャーナリスト
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

池袋暴走事故の実刑判決が確定した。9月17日の控訴期限までに弁護側、検察側とも控訴しなかったため、東京地裁での1審判決が確定したのだ。

池袋暴走事故の1審判決から2週間の16日、被告が控訴期限の前に控訴しない意向を表したのは、弁護側が控訴しなくても検察側が控訴すれば裁判が続いてしまうため、それを避ける狙いもあったのではないだろうか。

検察にとっても、被害者家族がこれ以上の裁判を望んでいない姿勢を明らかにしていることから、求刑通りの禁固7年をもぎ取れなかった面子より、国民感情に配慮した判断となったのだと思われる。

だが控訴しないということは罪を認めたということであるから、裁判官が諭したようにまずは被害者や被害者遺族に謝罪をすべきだろう。

明日は我が身…。高齢ドライバーによる事故に巻き込まれないためには

飯塚被告について外野が語るのはここまでとしよう。それよりも重要なのは、我々自身が今回のような悲惨な交通事故に巻き込まれないことだ。そのためにできることを考えよう。

自分自身や、自分の身近な親類に高齢ドライバーがいる人は、同様の事故を起こされる可能性が高いことは想像できよう。

毎日のように報道される高齢ドライバーのペダル踏み間違いによる急発進事故は、駐車場から店舗への短距離であり、たまたま巻き込まれる被害者が少ない傾向にあるだけで、あれが信号待ちや交差点で起これば、池袋暴走事故の再現となりかねない。

こうしたペダル踏み間違いなどの操作ミス、注意不足によって起こる交通事故には、ドライバーの意識の根底にある感覚が影響していると思われる。それは運転免許を取得してからは、運転することは当然の権利と思ってしまっている(それすらも意識していないドライバーも多いだろうが)ことだ。

筆者は自動車ジャーナリストとして活動する傍ら、企業の従業員や個人に運転の講習を行なっており、一般のドライバーと接する機会も多い。そんな中で感じるのは、クルマの免許を取得した人は、「クルマを運転する権利を手に入れた」という感覚になる方が少なくないということだ。

したがって運転免許を返納するのは、その権利を失うことになるから抵抗があるのだ。だが免許というのは他の業種同様、それを扱うことを許可されたに過ぎない。

例えば調理師がフグを捌ける免許を取得しても、もし客が口にして食中毒を起こせば店は営業停止になるし、その調理師も免許の停止や取り消しという処分を受ける。免許とは絶対的な権利ではないのだ。さらに運転免許を取得して運転することは、交通に対して責任を持つことでもある。自分が交通法規を守っていればいいのではなく、交通を円滑で安全に保つためお互いに協力する(譲り合う)必要があるのだ。

その上で運転免許について改めて考えてみたい。池袋暴走事故によって、高齢ドライバーの免許返納が進んだという話もある。それはそれでいいことだが「クルマがなければ生活できない」、「クルマがないと不便」という理由で免許返納を躊躇している高齢ドライバーも決して少なくない。

そうであるなら、クルマを運転する能力を維持するよう、努力をするべきだろう。足腰が弱くなっても「まだクルマなら運転できる」のではなく、本来は「安全にクルマが運転できる身体能力を維持する」という意識を持たねばならないはずだ。

つまりクルマを運転するためには、筋力などの身体能力を維持する必要があるのだ。視力や反射神経などが衰えてくることにも対応する必要もある。より余裕を持った移動時間や体調管理、現在の視力に合ったメガネや視力を回復させる様々な手段を試すなど、できることは色々ある。

多くのドライバーが、免許取得後は自己流の運転となって、ルールを軽視する傾向にある。高齢者となると、能力の低下を意識することは少なく、長年の運転経験から過信にも陥りやすいようだ。
多くのドライバーが、免許取得後は自己流の運転となって、ルールを軽視する傾向にある。高齢者となると、能力の低下を意識することは少なく、長年の運転経験から過信にも陥りやすいようだ。写真:アフロ

そういうお前はどうなのだ、という風に思われるかもしれないので、アラ還である筆者の現状を報告しておこう。運転免許は9年がかり(ゴールド免許1年目で軽微な違反で検挙されたため)で今年、3度目のゴールド免許を取り戻した。今年に入ってスマホで脳トレをやり込み過ぎて視力が低下したが、脳トレを止めて目に良いサプリを摂っていたら視力は回復し、現在も裸眼で運転が出来ている。

そして天気と事情が許せば、半径30km以内の移動はロードバイクを利用するように務めている。これによって足腰だけでなく全身が鍛えられる。さらに中性脂肪がガソリンの代わりに燃やせるのだ。当然、CO2排出削減にもつながる。

定年制にするか、免許の更新手続きを厳格化するか

定年制で一律に免許を返納させるというのは乱暴だとも思うが、後期高齢者になっても運転を続けたいのであれば、買い物やゲートボールをするためにクルマを運転するのではなく、クルマを正しく運転できるだけの能力を運動や治療で維持するようにしなければならないだろう。

クルマの運転が、いかに重大な責任を持った行為であることか、再認識すべきなのだ。そうした意識が社会に広がれば、高齢ドライバーの免許更新手続きは、ますますハードルが上がっていく。いや高齢者だけでなくドライバー全体で、免許更新時には技能検査を受けるくらいの厳しさが、本来は必要なのではないだろうか。

そうなれば、まともに歩けない人が普通の運転免許を更新できるということや、あおり運転をするような、そもそも危険なドライバーを野放しにすることも少なくなるはずだ。

最近はクルマの先進運転支援システムがサポートしてくれる、という意見もあるだろう。しかし誤発進防止機能や衝突被害軽減ブレーキは、すべてのケースで完全に作動してくれて、乗員や周囲の人間を守ってくれる訳ではないのだ。

クルマが便利になってドライバーをサポートしてくれるのは悪いことではないが、ドライバーがそれに頼り切るのは危険な考えだ。高齢者の免許更新制度を厳格化するだけでなく、健康寿命を伸ばすように運転寿命を伸ばす努力をドライバーが行なうよう意識を変えていく必要が絶対にある。

そしてドライバーもクルマから降りれば歩行者だ。歩きスマホによる危険性も問題視されている現在、街を歩いている時にも、ある程度は周囲に注意を払うことが必要だろう。画面を夢中になって見ていて、暴走するクルマや衝突事故で進路が乱れたクルマの巻き添えに遭ったとなれば、後悔しても遅いのだ。

逆走やペダル踏み間違い、信号の見落としや認知機能の低下による信じられない走行など、以前は考えられなかった危険なクルマが、徐々にではあるが確実に公道上で増えている。自分の運転能力を維持するだけでなく、周囲の危険から身を守る意識も高める必要が出てきているのだ。

自動車ジャーナリスト

日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。芝浦工業大学機械工学部卒。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、様々なクルマの試乗、レース参戦を経験。現在は自動車情報サイトEFFECT(https://www.effectcars.com)を主宰するほか、ベストカー、クラシックミニマガジンのほか、ベストカーWeb、ITmediaビジネスオンラインなどに寄稿中。最新著作は「きちんと知りたい!電気自動車用パワーユニットの必須知識」。

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