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日本代表・堂安律と、兄・堂安憂。兄弟が『NEXT10 Football Lab』に描く夢。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
低学年の部に参加した子供たち。学年ごとにMVPも発表された。(筆者撮影)

■帰国直後の堂安律がRDフィールドでのイベントに参加

 小さな体を目一杯動かして、ゴールを目指す。

 吹っ飛ばされても、表情ひとつ変えずに立ち上がる。

 体の大きな相手を前にして恐れない、怯まない。

 5月23日。兵庫県尼崎市の大型ショッピングモールの屋上に完成したばかりの『RDフィールド』には、そんな風に元気に駆け回る子どもたちの姿があった。

オランダのPSVアイントホーフェンに所属する堂安律(以下、律)と、兄で元Jリーガーの堂安憂(以下、憂)が共同で立ち上げたサッカースクール『NEXT10 Football Lab』(https://next10.jp)に所属するスクール生たちだ。この日は、2021-22シーズンを終え帰国していた律が、RDフィールドで初めて『NEXT10 Football Lab』の子供たちと触れ合うイベントが開催され、約130名の子供たちとミニゲーム等を楽しんだ。

短い時間でしたが、子供たちのギラギラした目と情熱に僕自身も色々と刺激を受けました。難しいことは考えずに思い切って突っ込んでいくとか、とにかく必死にボールを奪いにいくとか、大人になると忘れてしまいがちなピュアな姿というか、でもサッカーにはすごく大事な姿勢を見て、自分自身、忘れていたことをもう一度思い出させてもらえたような、そんな時間になりました(律)」

 兄・憂によれば、律の子供の頃も、まさにこの日の子供たちと同じように「ギラギラした子供だった」と言う。当時の思い出話を聞かせてくれた。

「僕はどちらかというと空気を読んで行動するタイプ。それに対して律は良くも悪くも、空気を読まずに、自分のやりたいこと、想い通りにガツンといくタイプでした(笑)。子供の時って周りの友達に気を遣って、とか、遠慮してっていうこともあると思うんですけど、少なくとも律は全く周りの目を気にするようなことはほぼなかった気がします。やりたいプレーは絶対にやったし、周りにもこうしたいということはしっかり主張していた。周りに歯向かうとかそういうことでは決してなく、でも自分の意見、考えをしっかり持っていたのは、今の律のベースになっているのかな、と。あとは究極の負けず嫌いでしたね(笑)。例えば練習で出来なかったことがあると、出来るまで帰ってこなかったし、子供ながらに『今日は気分が乗らないな〜』っていう日はあって当然なんですけど、そんな時でも律は必ず毎日、自分なりにテーマを持って、それを忘れないように、今日の練習では顔を上げてやろう、スピードを上げてやってみよう、とノートに書いて取り組んでいました。あと、コーンを置いたドリブル練習でも、数センチのずれさえ許さなかったというか。大抵の選手が『もういいわ』ってなるところでも、律はその数センチにこだわって、自分の思い通りにドリブルができるまで何本でもやり直していました。でも、それってすごく大事なことだと思うんです。その日だけを見れば、他の選手より1本多くコーンドリブルを練習しただけのことかもしれないけど、それを1年間、毎日積み重ねたら、他の選手より365本も多く練習したことになる。それが結局、将来の差になっていくんだろうなって思います(憂)」

 彼らが立ち上げた『NEXT10 Football Lab』は、そんな二人の子供時代からの経験と想いがぎっしりと詰まったスクールだ。メニューは全て、二人が考案したオリジナル。幼少時代を振り返って、できたことできなかったこと、やりたかったこと、やろうとしたけど諦めたことを思い出し、なおかつ自身のプロサッカー選手としての経験をもとに、年代に応じた必要なトレーニングを考えているという。実際、発足前からオランダにいる律と、日本にいる憂は週2回、テレビ電話でミーティングを行って意見を交わし、スクールがスタートしてからも動画でトレーニング風景を送っては、お互いの考えをすり合わせてきた。

「スクール名にある『NEXT10』という言葉通り、将来的にはプロの世界で10番を担う育てることが僕らの目標です。いや厳密には、10番タイプのプレースタイルの選手だけを育てるということではなく、ポジションはどこでもいいから、自分がエースだと思って、心身両面でチームの中心選手になっていけるような選手を育てたい。そういうマインドは必ずキャリアアップしていく上で必要なものだし、目標を近づける武器になるはずだから。もっとも、僕も律もプロサッカー選手にはなれましたけど、そこで活躍することも、生き残ることも決して簡単ではないと知っています。プロは100人いたら1人プロになれるかどうかって世界。でも、そこを目指すことなら誰でもできるし、その過程で感じられること、鍛えられること、成長できることもたくさんある。そして、目標に向かって努力する経験は、たとえプロになれなかったとしても、社会人として、あるいはサッカーとは関係のない人生を送る上でも必ず活かされる。実際僕たちも子供の時は本当にやんちゃで、サッカーがなければどうなっていたんだ?! ってくらい悪ガキで、たくさんの人に迷惑をかけまくってきましたが、サッカーがあって、目標があったから、学べて、反省して、頑張れて、少しはまともな大人になれた(笑)。その経験をしっかり伝えていくことも、サッカーに育ててもらった僕たちの使命だと思っています(憂)」

「いつものスクールより子どもたちがイキイキしていて楽しそうでした」と憂コーチ。 (筆者撮影)
「いつものスクールより子どもたちがイキイキしていて楽しそうでした」と憂コーチ。 (筆者撮影)

 スクールは、U-6(園児/年中・年長)、U-8(小学1・2年生)、U-10(小学3・4年生)、U-12(小学5・6年生)に分かれて行われ、週1コース、週2コースを選択できる。指導にあたるのは代表を務める憂をはじめ、彼らに縁のあるスタッフだ。その活動場所であり今回のイベントが開催された『RDフィールド』は、律が今年の4月にオープンしたフットサル場で、本人の「地元尼崎への感謝と子供たちへのより良いフットボール環境を提供したい」という思いが形になった。 

 そんな彼らがいかに情熱を注いでいるかは、この日のイベントを終えて律が話していた言葉からも明らかだ。実のところ、律はイベントの数日前にも、帰国後すぐにRDフィールドに足を運び、通常のスクールをこっそり見に行っていたと聞く。そこで感じたこともすぐに憂と共有していた。

「これまでもスクールの映像を確認しては、自分の意見、考えを伝えてきたんですけど、実際にスクールを見て感じたのは、すべてのトレーニングがもっと『ゴール』で完結するものであったほうがいいなということ。海外でも巧い選手はたくさんいますけど、今の時代に重宝されるのは、そこにプラスアルファで点を取れる選手。だからこそ、常に自分のプレーが最終的にゴールにつながるものだと意識させるのは不可欠だなと。例えば、1対1の練習をしていても、最後にゴールがなければ、どこにドリブルすればいいのかが曖昧になるし、実際の試合ではドリブルで相手を抜いて終わりではない。なので、『常にゴールを意識したメニューを増やそう』ということはすぐに憂と共有しました(律)」

■堂安律が日本での活動に力をいれるワケ。海外で見つめ直した、プロサッカー選手としてのあり方。

 17年6月にガンバ大阪から海外に飛び出して5年。律は現在も海外で活躍を続ける一方で近年は日本での様々な活動を積極的に展開している。記憶に新しいところでは、今シーズンのJ1リーグ開幕にあたって発表した古巣・ガンバのホームゲームにおける『堂安シート』(注:関西在住の小学生10名をホームゲーム20試合に招待)の設置だろう。

「海外移籍をしたばかりの頃は、自分のことでいっぱいいっぱいで正直、ガンバのことを考える余裕はありませんでした。それは今も同じで世界で活躍を続けるにはどうすればいいのか。更にステップアップをするには何が必要か、ばかり考えています。ただ、経験を重ねたことで、最近はいろんなものが目に入るようになりました。その中で、海外の選手の子どもたちに対する振る舞いや、アカデミー年代の育成に力を入れているオランダでのサッカーのあり方などに触れて、また、日本代表での活動を通しても、僕なりに日本サッカー界の発展や自分のキャリアを考えることが増え、自分に根強く残るガンバへの想いを形にする活動をしたいと考えるようになりました(律)」

帰国後、ガンバ大阪への挨拶を兼ねてパナソニックスタジアム吹田を訪問。初めて堂安シートにも立ち寄った。
帰国後、ガンバ大阪への挨拶を兼ねてパナソニックスタジアム吹田を訪問。初めて堂安シートにも立ち寄った。

 当時、アカデミー時代から育ててもらったクラブへの感謝とともに思いを言葉に変えていたが、今回の『RDフィールド』の設立や『NEXT10 Football Lab』の発足も、海外での経験が活かされていると話す。

「海外でともにプレーしている選手は、母国の子供たちへの投資を当たり前のように行なっています。ブラジル人選手なら、母国にサッカー場を作ったり、恵まれない子供たちにサッカーができる環境を与えたり…そうした姿を見て、僕自身もプロサッカー選手としてのあり方を考えるようになったというか。いろんな人たちの支え、協力があって今の自分がいるということを見つめ直し、自分に何ができるか。どんなことをすれば『サッカー』の力になれるのかを考え、まずは僕が育った地元・尼崎で何か活動をしたいと考えるようになり、『RDフィールド』の設立に至りました。結果的に、いろんな方に協力してもらって、こうして素晴らしいピッチができたことを嬉しく思っていますし、憂と一緒に時間をかけて構想を練ってきた『NEXT10 Football Lab』が形になったのもすごく嬉しいです(律)」

 もちろん、将来的には、このスクールから自分を凌ぐ『NEXT10』が育ってくれることも期待している。

「理想としては『堂安律? 誰だよ、それ』『グラウンドがいいって聞いたからここにきただけで、そんな奴のことは知らないよ』っていうくらいの、飛び抜けた選手が出てくるのを願っています。実際、自分が子供の時もそうだったというか…プロサッカー選手のプレーを観ることはあってもサインはもらったことがないし、もらうなら(憧れの)メッシと同じピッチに立ってからだと思っていました。いや厳密には…宇佐美くん(貴史/ガンバ)だけは特別です(笑)。今でも宇佐美くんに会うと緊張するくらい憧れていたけど、それ以外の選手のことは、年齢も違うのにその頃から『自分のライバルだ』くらいに思っていました(笑)。でも実際、隣にいる仲間はもちろん、サッカーをしている選手、みんながライバルですから。そのライバルに絶対に負けないという気持ちを持って、もっと巧くなってやるという思いで自分の目標、夢を実現するために日々、考えて行動できる選手が『NEXT10 Football Lab』の中からたくさん育ってくれたらいいなと思っています(律)」

 そんなふうにさまざまな活動を展開する一方で、律自身は「自分の仕事場ではここではなく、ピッチの上に他ならない」と表情を引き締める。2021-22シーズン、PSVでは11得点を挙げ、チームもリーグ戦で2位の結果を残したが、全くもって満足していない。

「思えば、FCフローニンゲンでの最初のシーズンも二桁に乗せましたが、当時の二桁は言うなれば自分のマックスが出せた数字だったと思うんです。ただ、それ以降、キャリアを積んできた中で、オランダでの4シーズン目となる今シーズンが、その1シーズン目と同じような数字に終わったことには全然満足できない。出た試合では安定してパフォーマンスを出せたと思う一方で、自分が海外にきてから感じている成長を思えば、もっと数字が伸びても良かったはずだと思いますしね。そういう意味ではまだまだ足りないと思っていますし、今日のイベントに参加してくれた子供たちに負けないように、僕自身も成長を続ける姿をプレーと結果で表現していかなければいけないと思っています(律)」

 それが何より『NEXT10 Football Lab』でプレーする子供たちへの刺激になり、その活躍によって自身の名前が世界に轟くことが、日本サッカー界や古巣・ガンバへの本当の意味での恩返しになると考えているからだ。もちろん先日、復帰が発表された日本代表としての活躍も然り、だ。

前回、日本代表から外された経験によって、自分の頭をリセットできた。そもそも僕は苦境に立たされるほど燃えるタイプ(笑)。もちろん、だから点が取れたとか、そんな簡単な話ではないけど、少なからず改めて自分がもっと成長しなくちゃいけないと思わされたことは、PSVでの終盤のパフォーマンスにつながったのかなと。その上で、またこうして日本代表に選んでもらった限りはしっかりと戦いたいし、今回は自分の代表デビューのスタジアムであり、思い出深いパナソニックスタジアム吹田でも試合がありますから。やはりパナスタは僕のホームだと思っているので、そこでいいパフォーマンスを魅せたいです。今回はシーズンオフの時期の、特殊な代表ウィークですけど、しっかりスイッチを入れ直して臨みたいし、今日のイベントで子供たちにもらったパワーも力にして、いいパフォーマンスを発揮できるようにしたいと思っています(律)」

 子供の頃から究極の負けず嫌いで、兄弟でもしのぎを削りあってきた堂安律と堂安憂。二人は今、『NEXT10 Football Lab』で互いの夢を重ね合わせつつ、それぞれの場所で、さらなる高みを目指した戦いを続けている。

「お兄ちゃんはライバルであり良き理解者」だと信頼を寄せる堂安律。 (筆者撮影)
「お兄ちゃんはライバルであり良き理解者」だと信頼を寄せる堂安律。 (筆者撮影)

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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