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<GAMBA CHOICE17>ウェリントン・シウバの覚醒。家族への思いとともに。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
キレのあるドリブルで停滞していたチームの攻撃を蘇らせた。写真提供/ガンバ大阪

「チームも勝てない厳しい状況が続いて、チームメイトのみんなも苦しい思いをしていたし、シーズンを通して応援してくれているサポーターのみなさんにもすごく悲しい思いをさせてしまっていた。その中で、今日はスタメンでプレーするチャンスをいただけてすごく嬉しかったし、最近、息子が生まれたこともあって、個人的にも結果を残したいと思っていました。まずはこの試合にどんな形でもいいから勝ってチームの自信をもう一度取り戻したかった。起用してくれた監督に感謝していますし、これからも継続して頑張っていきたいです」

 天皇杯4回戦・湘南ベルマーレ戦で約1ヶ月半ぶりの先発出場を飾り、チームを勢いづける2点目のゴールを決めたウェリントン・シウバは試合後、表情を緩めた。9月13日に第二子となる長男が生まれてから最初の試合となったJ1リーグ29節の鹿島アントラーズ戦は、悔しい展開となったため喜びを表現することはできなかったが、この日は違う。リードを奪う展開の中、相手を突き放す2点目を自ら決めると、控え目な、ゆりかごダンスで喜んだ。

「出産前に1週間入院をしたり、奥さんはすごく大変な思いをして出産してくれた。その間、長女もお母さんと離れた生活になって寂しい思いもしていたと思いますが、それを家族みんなで乗り越える中で、無事に息子が生まれた。どうしても得点をとって、家族に感謝の気持ちを届けたかった。チームのみんなでとったPKで、パトリックが僕にキッカーの役目を任せてくれた。彼にも感謝したいと思います」

 コロナ禍、始まったばかりの日本での生活、そして日本での初めての出産。慣れないことずくめの日々の中で命の誕生を待つ時間はきっとたくさんの不安と隣り合わせだったはずだ。その日々を家族みんなで乗り越えた先にあった息子の誕生とゴール、勝利が嬉しかった。

 それにしても、この日、左サイドMFを預かったウェリントンは開始直後から目を惹くパフォーマンスを魅せた。立ち上がりから持ち前の『ドリブル』を武器に前線を加速させ、グイグイと音が聞こえてくるように前へ前へ。楔のボールにあわせて、あるいはセカンドボールを拾うと、迷わず『前』に向かうプレーを選択した。24分に奪ったPKのシーンも、ウェリントンが前線から圧力をかけたことで相手GKのファウルを誘ったもの。1トップのパトリックやトップ下の宇佐美貴史らとの距離感、連係も良く、再三にわたって相手のゴールを脅かした。

「貴史はクオリティ、技術も高く、チームにとってすごく大事な選手。彼とは試合前に特別、何かを話したわけではなかったですが、いい連係を築けたと思います。ただ、今日の試合で一番よかったのはチーム全体が、前線も、後ろの選手も強度の高いディフェンス、プレッシングができて、相手にプレーをさせなかったこと。その流れがあった上で、自分たちがボールを奪い、攻撃に入った時には、お互いが近すぎず遠すぎずのいい距離感を築きながら前に運ぶことができた。それが多くのチャンスを作れた理由だと思います。僕も、パトリックや貴史もしっかり守備に貢献できたのはすごく自信になったし、チーム全体がいいプレーをできたからこその結果だと思う。今日のゲーム、内容をベースにJリーグでも継続していきたいと思っています」

 ウェリントンが来日から2週間の隔離生活を経てチームに合流したのは4月25日。そこから約3週間後にはサンフレッチェ広島戦でJリーグデビューを飾ったが、当初は初めての日本、Jリーグでのプレーということもあってか輝きは形を潜めた。いや、随所には彼の持ち味である『ドリブル』も光らせたものの、周りもまだ彼のプレースタイルを十分には把握しきれていなかったからだろう。あくまで個人プレーに終始していた印象だ。彼自身もそのもどかしさもあってか、ピッチ上で苛立つ姿も散見した。しかも、ようやくフィットが見られ始めたと思った矢先、8月6日の横浜F・マリノス戦では開始15分で負傷交代ー。再び戦列に戻ってからもスタメンに返り咲くにはやや時間を要した。

「サッカー選手である以上いろんな状況があると思います。自分たち外国籍には出場枠の問題もありますし、まずは監督が試合ごとに描くプランの中に試合に入らなければいけない。ただ自分がやるべきことは、どんな状況にあっても日々ベストを尽くして自分にやれること、成長するために、レベルアップするために努力をすることに他なりません。たとえ小さなチャンスだったとしても、自分のところに転がってきた時にしっかり掴める準備をしておくのがプロのアスリートだと思っています。今回、湘南戦で結果を出せたこと、勝利、ゴールに繋がったのはそういう姿勢で臨んでいた結果だと思うのですごく嬉しいですが、これは僕だけの力ではありません。みんなに感謝を伝えたいですし、周りにいるチームメイトに今日の勝利に対して『おめでとう』と伝えたいと思っています」

 想像するに、そうした我慢の日々の支えとなり、背中を押してくれたのもきっと、家族の存在だったはずだ。

「長女に続いて、二人目の子供が生まれてすごく嬉しい。初めての男の子を授かってすごく幸せです。彼が大きくなったらグラウンドに連れて行きたいし、一緒にボールを蹴りたい」

 彼の中に新たに芽生えたそんな『優しい夢』の実現のためにもまだまだ頑張らなければいけないと思えたことは、再び前を向く力になったことだろう。

 そういえば、ゆりかごダンスは、チームメイトと横一列に並んでお祝いするすることがほとんどなのに、今回はなぜみんなでゴールを喜んだあと、彼一人の「控え目な」ゆりかごダンスに終わってしまったのか? ともに先発を飾った柳澤亘が後日、真相を教えてくれた。

「生まれたことは聞いていたのに、完全に忘れていました(笑)! だから、試合の後に、みんなで謝りました(笑)」。

 兎にも角にも、ウェリントンにとっては忘れられないゴールになった。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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