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元ガンバ大阪アカデミーコーチが、 中国・広州富力のアカデミーコーチとして奮闘中。

高村美砂フリーランス・スポーツライター

■英語と中国語を駆使して指導にあたる。

 日本を離れ、中国は広州富力のアカデミーコーチとして奮闘している日本人がいる。かつてはジュニアチームの監督やコーチとして12年間にわたってガンバ大阪に在籍し、育成に尽力した足高裕司だ。

 広州富力のトップチームコーチであり、アカデミーダイレクターを務める喜熨斗勝史に声をかけられ、2018年から新たなチャレンジに踏み切った。

「喜熨斗さんがダイレクターに就任されたこともあり、広州富力は今、アカデミーの全チームを日本人指導者で構成しています。これは、まず1つに、中国サッカー協会が17年からクラブの総予算の15%相当を育成組織の運営に使わなければいけないという運営規則を設けたことで、各クラブがアカデミー組織に力を入れるようになったという背景があります。その上で、クラブとして単にオンザピッチのみならず、オフザピッチでの人間育成にも力を入れたいという考えから、日本人指導者に白羽の矢が立てられました。現に僕がガンバ大阪で仕事をしていた時代もそうですが、日本のアカデミー世代の指導者は、オンザピッチでの指導に並行して、オフザピッチの教育というか、豊かな人間性を育むための指導も意識していることの1つですからね。それならば自分の経験を生かせるかもしれないと考え、決断しました」

 とはいえ、最初は苦労も多かったと振り返る。特に最初の1年間は『言葉』と『文化の違い』に直面し、戸惑うことも多かった。

「広州富力では、インターナショナルスタンダードを方針として掲げていることもあり、また選手にダイレクトでこちらの考え方を伝えるため、クラブ内でのコミュニケーションは英語を使っていますし、指導も…細かな部分は通訳の手も借りていますが、基本的には英語と中国語で行います。それもあって、例えば、日本で指導している時は、『ちゃんとせえよ』っていうだけで受け取る側がこちらの表情や言わんとすることを『ああ、しっかりと動けということだな』って察して、動いてくれていましたが、こちらではそうはいかない。当たり前のことですが、的確に自分の考えを言葉に変えなければ選手には伝わりません。例えば、僕がマーカーを並べて『あそこでターンだ』って言うとしますよね? そしたら、選手はそのマーカーの周りを回るのか、ターンして戻ってくるのかを迷ってしまう、みたいな。ましてや相手は大人ではなく子供なわけで、より丁寧に伝えることをしなければ、選手は全く意図がわからないまま練習に取り組むことになってしまう。そういう意味では日本で指導をする外国籍監督の難しさがわかったというか。どれだけ指導のスキルや哲学があっても、選手に伝わらなければ意味がないという意味で、言葉の大切さを痛感したし、自分の指導についても考えさせられることが多かった」

■4月上旬には日本に遠征。Jクラブ等と交流を図る。

 そんな話を聞く機会に恵まれたのは、4月上旬の大阪だ。実は、足高は自身が監督を務めるU-12チームの選手を率いて、10日間にわたり日本遠征を実施。Jグリーン堺を拠点に、関西のJクラブアカデミーや地域のクラブチームと練習試合等を戦ったり、選手を連れてガンバ大阪U-23がパナソニックスタジアム吹田で戦ったJ3リーグを観戦するなど、精力的に日程をこなしたと聞く。実はこの取り組みも、クラブの育成理念に基づいた試みの1つだ。

「先ほどもお話ししたように、オフザピッチでの教育も目指す中で、それならば実際に日本に選手を連れて行き、日本の文化やアカデミー世代の選手たちと触れ合うのも1つかもしれないと思い、日本遠征を行って、実際に同世代の子供たちと触れ合わせるのがいいなと考えました。サッカーの部分はもちろんのこと、使った用具は元どおりに戻すとか、時間を守るといったことも含めて、彼らが何かを感じるきっかけになればいいな、と。ただ、誤解をして欲しくないのですが、メディアなどでは中国人のマナーが悪いという報道をよく目にしますが、僕は中国人だから、とは思っていません。日本でもあまりマナーが良くないなと感じたチームはあります。規律や献身性の部分は、ある意味、僕が日本から出たことで改めて感じた日本のストロングポイントであるだけに大切にしてもらいたいなと感じたのも正直なところで…。話が逸れましたが、そう考えても、結局は指導者が教えているかどうか、だと思うんです。現に僕が中国に来てからも、僕たちがきちんと教えれば、規律を守って献身的にやれる選手もたくさんいます。ただ、これは育った環境も影響していると思いますが、日本人に比べて『自分が、自分が』という考え方を持っている選手がすごく多く『人のために』という考えをあまり持ち合わせていないという側面はあると思います。ですが、この『人のために』というマインドは『サッカー』でもすごく大切で、強くなる、うまくなるには欠かせない部分だと考えても、そこは僕たち指導者が根気強く教えていくしかない。裏を返せばそう言った部分が育っていけば、肉体的にも恵まれた選手が多いだけに、将来の成長の振り幅もグンと変わっていくんじゃないかと考えています」

 そうした日本人指導者の尽力もあって、中国における広州富力アカデミーの評判は上々だと聞く。特に地域では「あのクラブに行けば、選手として成長できる」という評判が高まっていることから、セレクションを受ける選手の数も年々増加しているそうだ。それは足高にとって最も嬉しい評価だと笑う。

「選手個々の長い人生を考えれば、僕らが見ているのはほんのわずかな時間です。ですがせっかく縁あってこのクラブでサッカーをすることになったのだから、ここでの時間が、たとえ目には見えなくても、いつか『あの経験があったから』と思ってもらえるような時間になればいいなと思う。そのために僕も選手を預かっている責任を指導で還元していきたいと思っています」

 話を終えて選手のもとに戻っていった足高は、試合を終えて談笑していた選手に二言三言、中国語で声をかけ「早く片付けて、宿舎に戻れ。風邪をひくぞ」と選手の背中を押した。その声に促され、選手がすぐに立ち上がり、こちらに向かって挨拶をしてグラウンドから去っていく。喜熨斗のもと、足高たちが取り組んでいる異国の地での挑戦は少しずつ、だが確実に、その爪痕を残しつつある。

<足高裕司プロフィール>

1981年7月24日生まれ。大阪府出身。関西外国語大学を卒業後、ガンバ大阪ジュニアチームコーチに。11年からは同監督として、多くのアカデミー選手の育成に携わる。18年より中国スーパーリーグ・広州富力U-11チームで指導を始め、今シーズンよりU-12チームの監督を務めている。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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