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ゴールドシップはメジロマックイーンの孫とは言わない~因子だけで「孫」とは表現しない競馬独自の表現

花岡貴子ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家
ゲーム「ウマ娘」で大人気ゴールドシップ嬢(Cygames)

因子のつながりだけで「孫」「甥」とは表現しない

 最初に断っておくが、筆者は人気ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」が大好きである。さすがに公開当初は人気競走馬がすべて"娘"になってしまう仕様に戸惑いを覚えた。だが、いまでは毎日欠かさずにログインしてウマ娘の顔を見るのが楽しみになっている。モチーフとなった競走馬にまつわる「ストーリー」には、実際にその馬たちがとった行動や巻き起こされた社会現象がエッセンスとして組み込まれている。実際、わたしが取材してネットニュースに公開したネタも十中八九、ストーリーの元ネタに使われており、このゲームを製作するCygames社とは接点がない筆者でも少しばかり貢献したような気持ちになるものだ。まして、筆者が関わる引退馬・ツルマルツヨシがキャラクターとして採用されてからは一層その気持ちが強くなっている。

 が、しかし。どうしてもひとつ、いただけないことがある。これは"ウマ娘"のゲームの仕様とは無関係だが、このゲームが流行りだして以降、起きた現象でなので関連付けて話をするが…。

 因子さえ入っていれば、すべて「孫」「甥」「姪」といった人間の家族と同じ表現が用いられているが、これにはかなりの違和感を覚える。

サラブレッド・ゴールドシップ合の血統表(血統表は「ジャパンスタッドインターナショナル」公式サイトで作成)
サラブレッド・ゴールドシップ合の血統表(血統表は「ジャパンスタッドインターナショナル」公式サイトで作成)

 サラブレッドには必ず血統書があり、その血は必ずたどれる仕組みになっている。ウマ娘のモチーフとなる馬のほとんどは立派な成績をおさめており、その血が流れる競走馬はたくさんいる。しかし、競走馬の血統を表現するとき、サイアーラインと呼ばれる父系の流れでつながりを持つ仔馬たちに対して、家族的な表現は用いない。具体的には、その仔馬にとって父の父、または母の父は「祖父」ではないし、「孫」とは表現しないからだ。

サイアーラインが攻略ポイントになったダービースタリオン

 かつて、"ダビスタ"の愛称で爆発的な人気を博したゲーム「ダービースタリオン」では、所有した繁殖牝馬に種付をして仔馬が生まれるというリアルな競走馬育成の仕組みをそのまま用いていた。そして、その父や母父がゲーム攻略の要素でもあるため、実在のサイアーラインを把握すればより楽しめたのだ。かつてファミコン版等ではファミリーラインの表記はなかったが、Switch版ではファミリーラインをたどれるようになっている。このように、実際のサラブレッドの馬産システムがゲームに用いられていた。

 しかし、「ウマ娘」では「因子」と呼ばれる要素のみが継承される仕組みになっており、サイアーラインやファミリーラインの概念は存在しない。そもそも性別がすべて"娘"なので仕方ないところなのだが…。

 それはいいとして、このゲームが流行りだしてから、血統に該当馬が入っていると人間の家族を表現するように「孫」「姪」という表現が散見されるようになった。これは、本来の競馬の表現とは離れており、これまで競馬の世界で培われた表現とは異なっており、違和感を覚える。

ゴールドシップの血統表にサイアーラインとファミリーラインを加筆(筆者作成)
ゴールドシップの血統表にサイアーラインとファミリーラインを加筆(筆者作成)

牝系をたどる「ファミリーライン」の中には有名な一族も

 競走馬の血統の表現をするとき、「孫」や「姪」「甥」、「きょうだい」という家族的な表現を使うのは「ファミリーライン」でつながりがある場合のみを指している。"族"にまつわる表現も同様で、基礎となる繁殖牝馬と母系でつながりがある馬のみを「~族」と表現している。

 有名のは「薔薇一族」。1頭の輸入牝馬・ローザネイの娘から娘へ引き継がれた血統の俗称である。

 この薔薇一族の馬たちには娘のロゼカラー、ロゼカラーの娘でローザネイの孫にあたるローズバド(オークス、エリザベス女王杯2着)、その息子のジャパンカップ優勝馬でダービー2着のローズキングダムが有名だ。そして、その多くは薔薇にちなんだ名前がつけられていることで知られる。

 このように牝系でのみつながる馬同士では人間の家族と同じ表現を用いるのが一般的だ。

 対して、牡馬のつながりである「サイアーライン」は、牡馬から牡馬へ血が受け継がれる場合のみのつながりに限定した表現である。サラブレッドのサイアーラインをたどると、その始祖はたった3頭の牡馬なのだ。時に流行るラインがあり、逆に廃れていくラインもある。そういった栄枯盛衰を感じさせながらラインを把握するのが本来の価値観なのだ。

ゴールドシップにとってメジロマックイーンは母の父(ブルードメアサイアー)

 したがって、サラブレッドの血統を表現する上で、ゴールドシップはメジロマックイーンの「孫」という表現は使わない。この場合は、ゴールドシップのブルードメア(母の父)はメジロマックイーンと表現する。そして、ゴールドシップを孫と認識できるのは、母ポイントフラッグの母であるパラトラリズムということになる。

 因子のつながりで家族的な表現を使うと、産駒の多い種牡馬の子は年間数百頭の「きょうだい」を持つことになってしまう。大レースでたくさんの「きょうだい」が走ることになり、限定した一族を表現するはずの表現がかき消されてしまいかねない。ゲームから競馬を好きになった方も、こういったリアルな競馬独自の表現にも親しんでいただけたら幸いである。

ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家

競馬の主役は競走馬ですが、彼らは言葉を話せない。だからこそ、競走馬の知られぬ努力、ふと見せる優しさ、そして並外れた心身の強靭さなどの素晴らしさを伝えてたいです。ディープインパクト、ブエナビスタ、アグネスタキオン等数々の名馬に密着。栗東・美浦トレセン、海外等にいます。競艇・オートレースも含めた執筆歴:Number/夕刊フジ/週刊競馬ブック等。ライターの前職は汎用機SEだった縁で「Evernoteを使いこなす」等IT単行本を執筆。創作はドラマ脚本「史上最悪のデート(NTV)」、漫画原作「おっぱいジョッキー(PN:チャーリー☆正)」等も書くマルチライター。グッズのデザインやプロデュースもしてます。

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