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北朝鮮、異例の4回連続でミサイル発射を公表せず 新型コロナ感染拡大が影響か

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
北朝鮮最大のICBM「火星17」の前を歩く金正恩氏ら(3月25日付の労働新聞)

北朝鮮国営メディアは5月26日、前日25日に平壌近郊の順安(スナン)から日本海に向けて発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)1発を含む弾道ミサイル3発について一切報じなかった。

北朝鮮はミサイル発射翌日の朝に事実を公表することが多かったが、これで今月に入り、4回連続で公表を見送る異例の事態となっている。

確かに北朝鮮はこれまでもミサイル発射の公表を見送ったり、すぐに公表しなかったりすることは稀にあった。発射失敗や期待外れの成果のために公表を見送ったり、発射実験自体が一連のミサイル発射や能力テストの一部であったりする場合には、公表が遅れてきた。

しかし、今回のミサイル発射の4回連続の非公表の事態は、同国内での新型コロナウイルス感染拡大と時期が同じであり、新型コロナが影響を与えている可能性がある。この間、朝鮮労働党の機関紙、労働新聞は新型コロナの感染が疑われる発熱患者について大きく報じてきており、新型コロナ感染拡大で悪化した世論を意識し、国内的にミサイル発射報道を自制している可能性がある。

まして、北朝鮮では先月、金日成主席誕生110周年祝賀イベントや朝鮮人民革命軍創設90周年の軍事パレードなどがあり、舞踏会や体育大会、人民芸術祝典などの行事に住民数百万人がノーマスクで動員されたと韓国メディアは指摘し、これらの行事が感染を一気に広げるスーパースプレッダーイベントになったとの見方が広がっている。北朝鮮の人々にしてみれば、おそらく「感染を拡大したのは誰か」との思いだろう。

韓国政府は25日、北朝鮮が同日朝に弾道ミサイル3発を発射したと明らかにした。韓国軍は3発のうち最初の1発はICBMと推定されると発表した。北朝鮮が同日午前6時ごろに撃った1発目は、最高高度540キロメートルの宇宙空間に達し、発射地点から360キロメートル東方の日本海に落下した。バイデン米大統領が同日、韓国と日本へのアジア歴訪を終え、ワシントンに空路で帰国するなか、太平洋に向けての通常角度でのフル発射をせず、ロフテッド軌道と呼ばれる通常よりも高い角度を付けて発射した。

2発目は同日午前6時37分に発射され、高度20キロメートル付近で消失した。3発目は同日午前6時42分に発射され、高度約60キロメートル程度の大気圏内を進み、着弾時に一度上昇する変則軌道をたどって落ちた。飛距離は約760キロメートルだった。これらの2発は「北朝鮮版イスカンデル」と呼ばれる地上発射型の短距離弾道ミサイル(米軍コード名:KN23)の可能性がある。

北朝鮮が25日に発射したミサイルの防衛省作成の図。防衛省は、1発目のICBMとみられる弾道ミサイルが最高高度約550キロで約300キロ飛翔し、日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下したと推定している。
北朝鮮が25日に発射したミサイルの防衛省作成の図。防衛省は、1発目のICBMとみられる弾道ミサイルが最高高度約550キロで約300キロ飛翔し、日本の排他的経済水域(EEZ)外に落下したと推定している。

ICBMとは地上発射式で、他の大陸を射程距離に収める弾道ミサイルのこと。その有効射程距離については、米ソの戦略兵器制限条約(SALT)をめぐる交渉では5500キロ以上と規定された。

軍事専門家の間では、北朝鮮が今回発射したミサイルが2月27日、3月5日、5月4日のミサイル発射実験と同様、北朝鮮最大で新型のICBM「火星17」のシステム試験ではないかとの見方が出ている。火星17の性能を抑えて発射した予備試験の可能性が高い。

韓国軍合同参謀本部によると、北朝鮮のICBM発射は今年に入り、2月27日、3月5日、3月16日、3月24日、5月4日、5月25日とこれで6回目。すべて平壌順安飛行場から発射された。

北朝鮮は、2月27日と3月5日の弾道ミサイル発射をあくまで「偵察衛星の開発試験」と主張した。しかし、アメリカ国防総省のカービー報道官は3月10日、「(火星17という)新型ICBMの最大射程距離試験発射をする前に、新たなシステムを評価するため、人工衛星の打ち上げと偽装して実施した可能性が高い」と発表した。

北朝鮮最大の新型ICBM「火星17」は11軸22輪の過去最大の超大型移動式発射台(TEL)に載せられて、2010年10月の軍事パレードで初めて登場した(労働新聞)
北朝鮮最大の新型ICBM「火星17」は11軸22輪の過去最大の超大型移動式発射台(TEL)に載せられて、2010年10月の軍事パレードで初めて登場した(労働新聞)

また、北朝鮮は3月24日に火星17を発射し、実験に成功したと主張した。しかし、米韓当局はこの時に発射されたのは、既存の火星15だったと結論付けた。北朝鮮は同月16日に火星17の発射実験に失敗、体制の動揺を防ぐため、24日の実験で実際は火星15の発射なのに、火星17を発射して成功したように偽装したと米韓当局はみている。北朝鮮は5月4日と5月25日の発射については何も公表していない。

北朝鮮は現在、核弾頭を何個も入れることができる「多弾頭独立目標再突入体」(MIRV)搭載を可能にする過去最大の火星17の開発を急いでいる。金正恩(キムジョンウン)国務委員長は昨年1月の第8回朝鮮労働党大会で、今後の目標として、多弾頭ミサイルや超大型核弾頭の生産継続に加え、核兵器の小型軽量化や戦術兵器化などを掲げている。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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