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北朝鮮、新型ICBM「火星17」の発射成功と発表

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
北朝鮮が3月24日に発射した新型ICBM「火星17」(労働新聞)

北朝鮮国営メディアの労働新聞は3月25日、新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「火星17」の発射に成功したと発表した。

北朝鮮のICBM発射は2017年11月以来となる。そして、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記(国務委員長)が2018年4月に宣言した、ICBM発射と核実験のモラトリアム(猶予)の終了を意味する。

今年に入ってからの北朝鮮のミサイルは11回目となり、昨年の8回を上回っている。また、北朝鮮は今年に入り、射程5500キロ以上となるICBM関連の技術とシステムを実験する目的で、2月27日、3月5日、3月16日の3度にわたって既にミサイル試射を行っていた。

●金正恩氏が直接指導

労働新聞は、金正恩氏が24日、首都平壌郊外にある平壌順安(スンアン)国際空港(順安飛行場)での火星17試射現場に立ち会って直接指導した、と報じた。

また、火星17については、「(金正恩氏が)自力更生の創造物として、共和国戦略武力の核心打撃手段で、信頼できる核戦争抑制手段に完成させてきた」と強調。「先端国防科学技術の集合体である新型大陸間弾道ミサイル開発成功は、主体的力で成長して開拓されてきた私たちの自立的国防工業の威力に対する一大誇示になると自信を持って語られた」と伝えた。

さらに、労働新聞は「この強力な正義の核保検は、アメリカ帝国主義とその追従群の軍事的虚勢を余すところなく崩していく」と報じた。

労働新聞は火星17の発射シーンや金正恩氏の現場立ち会い、発射成功を祝う様子など15枚にも及ぶ写真を掲載した。

新型ICBM「火星17」の試験発射に立ち会う金正恩氏(中央)ら(労働新聞)
新型ICBM「火星17」の試験発射に立ち会う金正恩氏(中央)ら(労働新聞)

また、火星17は最大頂点高度6248.5キロまで上昇し、距離1090キロを4052秒(67分)間飛行して日本海の予定水域に正確に着弾したと労働新聞は報じた。

日本の防衛省は24日、新型ICBMが通常より高い角度で打ち上げるロフテッド軌道で発射され、高度6000キロ超に達し、飛距離1100キロを71分にわたって飛行したと発表した。労働新聞の発表は、防衛省の発表とほぼ一致する。北朝鮮が発射してきたICBMでは過去最大の飛距離となった。

防衛省は、新型ICBMが北海道の渡島半島の西、約150キロの日本の排他的経済水域(EEZ)に落下したと発表した。

北朝鮮の火星17の飛翔イメージ図(防衛省)
北朝鮮の火星17の飛翔イメージ図(防衛省)

2017年11月29日に発射されたICBM「火星15」と比べれば、今回発射の火星17の能力が向上しているのは明らかだ。飛距離、高度、飛翔時間ともに大幅に増加している。

     火星17        火星15

飛距離  1100キロ      950キロ

高度   6000キロ超    4475キロ

飛翔時間 71分         53分

火星17は、朝鮮労働党の創立75年に合わせて2020年10月10日に平壌で開催された軍事パレードで初めて登場した。11軸22輪の過去最大の超大型移動式発射台(TEL)に載せられていた。北朝鮮のICBMがTELから発射されたのは、今回が初めてとなる。筆者が東京特派員を務める英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」の分析によると、このTELの車輪径(車輪の直径)は188センチに及ぶ。

北朝鮮が3月24日に発射した新型ICBM「火星17」。オレンジ色の炎は液体燃料使用の特徴(労働新聞)
北朝鮮が3月24日に発射した新型ICBM「火星17」。オレンジ色の炎は液体燃料使用の特徴(労働新聞)

また、「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」の分析によると、火星17は全長約25~26メートルで直径は2.8メートル。2段式で液体燃料を使用する。火星15よりも全長が4~5メートル長く、直径も0.4メートル大きいとみられる。

ミサイルの大型化は、より破壊力のある大型核弾頭や、複数の核弾頭が独立的に個別の目標を攻撃できる「多弾頭独立目標再突入体」(MIRV)の搭載を可能にする。弾頭部とシュラウド(ミサイル本体と弾頭を大気衝突から守る上面カバー)がMIRVを搭載できるほど大きくなっている。

アメリカ議会調査局(CRS)は昨年12月に公表した報告書の中で、アメリカ国防情報局(DIA)の情報を引用し、2020年10月の軍事パレードで公開された新型ICBM(=火星17)が「おそらく複数の弾頭を搭載できるよう設計されている」と指摘した。

防衛省の2021年度版防衛白書は、火星15の最大射程距離が1万キロ以上と推定している。これに対し、火星17は最大射程距離が1万3000~1万5000キロに達すると推定されている。アメリカ全土を射程に収め、東海岸にある首都ワシントンやニューヨークも十分に攻撃可能な射程だ。

岸信夫防衛相は25日午前の記者会見で、火星17が通常軌道で飛行した場合、「弾頭の重さにもよるが、1万5000キロを超える射程となり得る。東海岸を含む全米全土が射程に含まれる」と分析していることを明らかにした。

北朝鮮の弾道ミサイルの射程(2021年度版防衛白書より)
北朝鮮の弾道ミサイルの射程(2021年度版防衛白書より)

欧米亜の軍事当局者らは当初、北朝鮮が最後に発射したICBMが火星15だったことから、新型ICBMの名称を火星16と推定していた。しかし、2021年10月に平壌で開催された国防発展展覧会を朝鮮中央テレビが報じた映像では火星17となっていた。なお、火星17の米軍コードネームはKN-28となっている。

3月24日の新型ICBM「火星17」の試験発射に立ち会い、発射成功を祝う金正恩氏ら(労働新聞)
3月24日の新型ICBM「火星17」の試験発射に立ち会い、発射成功を祝う金正恩氏ら(労働新聞)

●問われる日本の対応

ロシアのウクライナ侵略の対応に追われるアメリカとしても、ミサイル防衛体制の強化のほか、改めて北朝鮮相手の外交交渉に向き合わざるを得ない状況だ。北朝鮮は7回目の核実験まで強行する可能性もある。

日本も、年末までに改定する国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画の中で、敵基地攻撃能力の保有などの対応が迫られている。核ミサイル開発を強行する北朝鮮、軍事力強化で海洋進出を続ける中国、さらにはウクライナに侵攻したロシアまでもを改めて「脅威」とみなすのかどうか。日本を取り巻く安全保障環境は急速に悪化しており、防衛力強化を含む戦後日本の国家安全保障政策がかつてないほど大きく問われている。

【追記】岸信夫防衛相の25日午前の記者会見での発言を追記しました。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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