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北朝鮮、極超音速ミサイルの再発射を発表

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
北朝鮮が5日に発射実験を行った新型極超音速ミサイル(労働新聞)

北朝鮮は1月5日に新型の極超音速ミサイルの発射実験を行ったと発表した。北朝鮮国営メディアの朝鮮中央通信が6日、報じた。北朝鮮は昨年9月28日に同じ北中部の慈江道(チャガンド)で極超音速ミサイル「火星8」の最初の発射実験を行っており、今回が4ヵ月ぶりの2度目となる。国防力強化を推し進める金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記(国務委員長)は、試験発射を繰り返して極超音速ミサイルを完成させ、実戦配備を急いでいるとみられる。

朝鮮中央通信は、「火星8」の表現を用いず、今回の発射を「極超音速ミサイル部門での連続試験成功」と称賛した。そして、「国防科学院は試験発射でミサイルの能動区間における飛行操縦性と安定性を再確認し、分離された極超音速滑空飛行戦闘部(=弾頭部)に新たに導入された側面機動技術の遂行能力を評価した」と報じた。側面機動とは、左右へ水平方向に機動することを意味する。

朝鮮中央通信は、さらに「ミサイルは発射後分離され、極超音速滑空飛行戦闘部の飛行区間で初期発射方位角から目標方位角へと120キロを側面機動して700キロに設定された標的を誤差なく命中した」と述べ、操縦性と安定性がはっきりと示されたという。

米カーネギー国際平和基金の上級研究員、アンキット・パンダ氏はツイッターで、5日の発射実験に使用されたミサイルが昨年10月の北朝鮮の国防発展展覧会「自衛2021」に登場したもので、円錐形の機動式再突入体(MaRV)を搭載した液体燃料使用の弾道ミサイルであるとの見方を示した。

アンキット・パンダ氏は、昨年10月の北朝鮮国防発展展覧会に登場した、先端部がオレンジ色の機動式再突入体(MaRV)搭載の弾道ミサイル(左から2番目)が5日に発射されたとみる(朝鮮中央テレビ)
アンキット・パンダ氏は、昨年10月の北朝鮮国防発展展覧会に登場した、先端部がオレンジ色の機動式再突入体(MaRV)搭載の弾道ミサイル(左から2番目)が5日に発射されたとみる(朝鮮中央テレビ)

●松野官房長官、5日発射のミサイルは「新型」

松野博一官房長官は6日午前の記者会見で、北朝鮮が5日に発射したミサイルについて「これまで北朝鮮により発射されたことがない新型弾道ミサイルだと考えている」と述べるとともに、ミサイルの最高高度については「通常の弾道ミサイルより低い最高高度50キロ程度で飛翔したものとみられる」との見方を示した。

金正恩総書記は昨年1月の朝鮮労働党党大会で、極超音速ミサイルを開発を強化すべき「戦略兵器」の1つに挙げた。戦略兵器とは通常、核兵器を示す。北朝鮮は核保有国の地位を確固たるものにしようと目指している。朝鮮中央通信は、今回の「連続試験成功」が「5カ年計画の戦略武器部門最優先5大事業の中で最も重要な核心事業を果たすという戦略的意義を持つ」と強調している。

北朝鮮が2021年9月28日に発射実験した極超音速ミサイル「火星8」。オレンジ色で縦長のろうそく型の煙炎は液体燃料使用の特徴(労働新聞)
北朝鮮が2021年9月28日に発射実験した極超音速ミサイル「火星8」。オレンジ色で縦長のろうそく型の煙炎は液体燃料使用の特徴(労働新聞)

昨年9月28日の最初の「火星8」の発射実験をめぐっては、北朝鮮は「成功した」と主張した。しかし、韓国軍合同参謀本部は当時、探知したミサイル速度などを評価し、「開発の初期段階であり、実戦配備までには相当の時間が必要」「迎撃可能な水準」などと分析していた。韓国軍によれば、この前回の「火星8」の発射は最高高度30キロ未満、速度マッハ3前後、飛距離200キロ未満だったが、今回の発射は日本の防衛省によると、約500キロ飛翔した。北朝鮮は今後も飛距離や速度、高度などの面でミサイル能力の向上を目指し、極超音速ミサイルの性能改良テストを繰り返していくことが予想される。

極超音速ミサイルは、弾道ミサイルの技術が用いられるが、分離した弾頭は変則的な軌道をとりながら高度数十キロの低空を音速の5倍以上の速度で飛ぶため、迎撃が難しい。丸い地球での水平線が障害となり、従来のミサイル防衛の地上レーダーによる探知が難しくなっている。このため、日韓の防衛当局も最高高度などの情報をすぐに公表できない状況に陥っている。

緑色の弾道ミサイルの軌道に対し、オレンジ色の極超音速ミサイルの軌道は高度が低い。この分、レーダーによる探知が難しくなっている(米議会調査局報告書より)
緑色の弾道ミサイルの軌道に対し、オレンジ色の極超音速ミサイルの軌道は高度が低い。この分、レーダーによる探知が難しくなっている(米議会調査局報告書より)

極超音速ミサイルは、既存のミサイル防衛網を無力化し、将来の戦闘様相を一変させる「ゲーム・チェンジャー」になるとして、米中露印なども開発にしのぎを削ってきた。中国は極超音速ミサイル「東風17(DF17)」、ロシアは極超音速ミサイル「アバンガルド」をそれぞれ既に実戦配備した。日本も空気吸入式のスクラムジェットエンジンを使用する極超音速巡航ミサイルの研究を進めている。

日本の防衛省が2022年1月5日に発表した今回の北朝鮮ミサイルの飛翔イメージ図
日本の防衛省が2022年1月5日に発表した今回の北朝鮮ミサイルの飛翔イメージ図

●再発射の背景

北朝鮮がこのタイミングで極超音速ミサイルの再発射実験を行った背景として、いくつかのことが考えられる。

まず金正恩総書記は昨年末の5日間にわたる北朝鮮の朝鮮労働党中央委員会総会で、不安定化する朝鮮半島の軍事的環境と国際情勢が「国防力強化を求めている」と述べ、軍事力強化を継続する考えを訴えたばかり。このため、今回のミサイル発射実験は新年早々から国防力強化に邁進するという金正恩総書記の強い意志を内外に示したものとみられる。

北朝鮮軍は通常12~3月に冬季訓練を行い、その最後の時期の2~3月頃に陸・海・空軍合同の打撃訓練の一環としてミサイルを発射することが多い。このため、新年早々から発射したのは珍しい。

また、1月8日に金正恩総書記の誕生日を迎える中、北朝鮮が極超音速ミサイルの発射実験に再び成功したと大々的に宣伝し、コロナ禍と経済制裁の苦境の中、国威発揚にいかす狙いもあったとみられる。

●新型ミサイル発射実験が矢継ぎ早

北朝鮮は日米韓の事前探知や迎撃をくぐり抜ける新型ミサイルの開発に躍起になっている。昨年に入ってからでも、次のように矢継ぎ早に新型ミサイルの発射実験を繰り返してきた。

2021年3月25日    「新型戦術誘導弾」(KN-23)

   9月11、12両日 「新型長距離巡航ミサイル」(LACM)

   9月15日     「鉄道機動ミサイルシステム」(KN-23改良型)

   9月28日     「新たに開発された極超音速ミサイル『火星8』」

   9月30日     「新型地対空ミサイル」

   10月19日     「新型潜水艦発射弾道弾」(KN-23海上発射改良型)

 2022年1月5日    「新型極超音速ミサイル」

アメリカの議会調査局(CRS)は昨年12月に公表した報告書の中で、「北朝鮮による昨今の弾道ミサイル発射実験と軍事パレードは、域内の弾道ミサイル防衛(BMD)システムをかわし、核弾頭が搭載可能なミサイルの製造を続けていることを示している」と指摘している。

【追記:2022年1月6日15時5分】6日午前に開かれた松野博一官房長官の記者会見でのコメントを追記しました。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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