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日本のトランプ支持者に不都合な事実

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
日本にも熱烈な支持者を抱えるトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

日本には熱烈なトランプ支持者がいる。

そのような人は、総じてアメリカ大統領選挙で不正があったことを信じて疑っていない。全州の結果がすでに判明し、バイデン前副大統領が勝利したのにもかかわらず、トランプ再選を信じている人が少なくない。

右派のネット界隈からは「中国に対抗できるのはバイデンでなく、トランプだけだ」「バイデンが大統領になれば、オバマ政権時代の対中融和路線に回帰しかねない」といったトランプ再選願望の声が聞こえてきている。

つまり、トランプ大統領が再選されれば、アメリカは引き続き、中国に対してタフな姿勢で臨み、日本は安心できるというわけだ。

●トランプ大統領は香港の民主主義や人権問題で及び腰

しかし、トランプ大統領は香港の自由や民主主義、人権の問題で、中国に対してひどく弱腰だった面があったことを忘れてはならないだろう。日本の保守層のトランプ支持者にとっては不都合な事実だろう。

国家安全保障担当の米大統領補佐官だったジョン・ボルトン氏は自らの著書『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』の中で、トランプ大統領が香港のデモについて、「私は関わりたくない」「米国も人権問題を抱えているからな」と述べたことを明らかにしている。

そして、2019年6月18日の習近平国家主席との電話会談で、トランプ大統領は貿易とファーウェイについて協議したほか、香港で起きていること(=抗議デモ)を見たと伝えた。そして、あれは中国の国内問題であり、 ホワイトハウスの高官にはどんな形であれ、公の場で香港の問題を口にしないようにと命じている、とトランプ大統領は習氏に伝えたという。

これに対し、習氏は感謝して、香港で起きていることはまさに中国の内政問題であり、抗議デモの引き金になった逃亡犯条例改正案の目的は、 香港の法律の抜け穴をふさぎ、重大な犯罪行為に対処することだと述べた。また、習氏は、香港の安定と繁栄は米中双方にとって有益であり、その他の国も香港問題に干渉するべきではないと主張した。

これに対し、トランプ大統領は何と、おとなしく同意したという。

ボルトン氏は「これで香港の命運は米国の懸案事項リストから消えたも同然となった」と指摘している。

●トランプ、ウイグル人弾圧を理由とする中国制裁にも反対

さらに、ボルトン氏によると、米下院はウイグル人弾圧を理由とする中国への制裁法案を可決していたが、この種の制裁に対するトランプ大統領の反対は変わらなかったという。

ボルトン氏は、「中国における宗教の弾圧もまた、 トランプの懸案事項には含まれなかった。 弾圧の対象がカトリック教会であろうと法輪功であろうとトランプ大統領には影響しなかった。それはペンス副大統領やポンペオ国務長官、私の姿勢とは違ったが、トランプが決めることだった」と述べている。

さらに、2019年6月の大阪G20サミットでは、 通訳しか同席しないオープニングディナーの席で、習氏は新疆ウイグル自治区に強制収容所を建設するそもそもの理由をトランプ大統領に説明した。米国側の通訳によれば、トランプ大統領は「遠慮なく収容所を建設すべきだ。中国がそうするのは当然だと思う」と答えたという。

総じてトランプ大統領は、米中貿易交渉でのディール(取引)を最優先させるため、香港の人権弾圧だろうが、ウイグル人の弾圧だろうが、宗教の弾圧だろうが、気に留めていなかったことがボルトン氏の回顧録で生々しく描かれている。

トランプ大統領は「私との会話は重要機密だ」と述べ、この回顧録の出版が守秘義務違反にあたると主張。アメリカ政府は6月、回顧録の出版差し止めを求めて提訴した。だが、裁判所は時間切れを理由に仮処分申請を却下し、回顧録は結果的に発売されている。

●バイデン氏「中国の乱用的な経済行動と人権問題に対処」

これに対し、バイデン氏は政権に就いたら、自由と民主主義という価値観を重視し、国際社会をリードしようとしている。米外交誌「フォーリンアフェアーズ」3月号掲載の論文「アメリカのリーダーシップと世界――トランプ後のアメリカ外交」で次のように書いている。

香港からスーダン、チリからレバノンにいたるまで、人々は誠実な統治を求め、政治腐敗を嫌悪していることを改めてみせつけている。知らぬ間に大きな広がりをみせる政治腐敗は、抑圧や人権弾圧を加速し、権威主義の指導者たちに、世界の民主国家を分断に追い込むためのツールを与えている。しかし、この国を連帯させている価値のために立ち上がり、真に自由な世界をアメリカがリードすることを世界の民主国家が求めるのなら、トランプはその(連帯を求める)相手ではないだろう。彼は、権威主義国家の指導者の言うことを重視し、民主主義者への軽蔑を示してきた人物だ

アメリカは中国との接触を保つ必要がある。たしかに、アメリカや米企業からテクノロジーや知的所有権を盗むのが、中国のやり方かもしれないし、国有企業の不公正な優位を支え、未来の技術と産業を支配するために補助金を出している。しかし、この課題に対処していくもっと効果的な方法は、中国の乱用的な経済行動と人権問題に対処するために、同盟国やパートナーとの共同戦線をまとめることだ

これらの言葉通り、バイデン氏の対中政策は、国際協調や人道主義を掲げ、人権問題や領土紛争で中国の「戦狼外交」と言われる好戦的な強硬外交と対峙していくことになる。

日本の保守層も重視する中国の人権問題について言えば、価値観外交を掲げ、欧州や日本、豪州などとの国際協調路線を強化するバイデン氏の方が、ディール外交のトランプ氏よりも中国にタフになることは間違いないだろう。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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