被災地は毎日が3・11-心寄せ続けよう

津波で壊れた上野敬幸さん宅は3・11のまま。訪れた人は玄関の祭壇に手を合わせる

「毎日が3・11だから、震災4年と言っても特別なものはありません」

東日本大震災の津波で行方不明の娘を捜し続ける福島県大熊町の木村紀夫さん(49歳)の言葉に、胸が熱くなりました。2月下旬、ラジオ福島・大和田新アナウンサーのトーク番組「月曜Monday(もんだい)夜はこれから」に、やはり行方不明の息子を捜す南相馬市の上野敬幸さん(42歳)と一緒に出演した木村さんは、震災から4年を迎える心境を問われ、即座にこう答えました。上野さんも「僕もまったく同じ気持ちです」とうなずきました。

ラジオ番組に出演した木村紀夫さん(左端)と上野敬幸さん(左から3人目)
ラジオ番組に出演した木村紀夫さん(左端)と上野敬幸さん(左から3人目)

そう、被災地の人々にとっては毎日が3・11なのです。年に1回やってくる日ではないのです。

私は「心を寄せる」という言い回しが好きです。皇室担当をしていた十数年前、天皇、皇后両陛下が折に触れて使うことを知りました。災害の被災地に心を寄せる、沖縄の苦難に心を寄せる。常に気に掛け、自分の立場で何ができるのか深く自問し、よき日が来るよう祈り、行動する。そんな意味だと私は理解しています。

震災発生直後の2011年3月16日、天皇陛下は国民向けのビデオメッセージで「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ続け、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」と呼び掛けました。憲法の制約上、復興政策にかかわれるわけもなく、気軽にボランティアに出かけることもできない両陛下にとって、心を寄せることこそが唯一のできること。しかし、座して待つだけではないその行動力にはすさまじいものがあります。

被災地の地元紙を取り寄せ、食い入るように読み込む。定期的に被災県の知事や警察本部長、原子力の専門家らに皇居まで来てもらい、被災地の正確な現状を知ろうとする。被災各県に毎年お見舞いに訪れ、仮設住宅などで被災者に声を掛けて回る。福島では川内村の除染状況を見学したり、飯舘村で稼働を続ける工場を訪れたりもしました。80歳を過ぎた両陛下ですが、体力の許す限り、これからも被災地に心を寄せ、行動し続けるでしょう。

福島で出会った多くの人を思い返しています。

福島県浪江町の海岸で行方不明者の手掛かりを捜す警察官
福島県浪江町の海岸で行方不明者の手掛かりを捜す警察官

冒頭に紹介した木村さんと上野さんのことは昨年5月と12月の本欄で詳しく記しました。気持ちの熱い2人の周りには、やはりハートのある人々がたくさん集まり、全ての行方不明者を捜そう、できることは何でもやろうという活動になっています。昨年11月に浪江町のがれき集積場で見つかった骨が、震災当時13歳の少女と分かったと福島県警が昨日(3月9日)発表しました。捜せばまだまだ見つかるのです。

福島市松川町の仮設住宅に暮らす飯舘村のじいちゃん、ばあちゃんたちは、昨年2月の大雪の際、仮設前を走る国道4号で立ち往生した車のドライバーに救援のおにぎりを炊き出しました。長時間車内に閉じ込められたドライバーの中には糖尿病で意識を失いかけた人もいて「命を救われた」と感謝しました。お腹すかせているだろうからと軽い気持ちでしたことが人助けになった、今まで世界中から支援を受けてきた恩返しが少しだけできてよかったと、飯舘村の人たちも感激の涙を流しました。

仮設住宅で暮らし続ける飯舘村のじいちゃん、ばあちゃんたち
仮設住宅で暮らし続ける飯舘村のじいちゃん、ばあちゃんたち

みんなで集まると、とてもにぎやかで笑いが絶えないばあちゃんたちですが、先日仮設を再訪したとき、1人がぽつりと漏らしました。「私たちこの先どうなるんでしょう。夜になると不安で不安で眠れなくて。みんな睡眠導入剤飲んでますよ」。放射能の影響で、帰れるあてのないふるさと。仮に放射線量が下がり、村に帰れたとしても、子供や孫の世代は避難先の生活が日常になっていて帰ってこないだろう。年寄りばかりで村に戻って、荒廃した山や畑を誰が手入れし直すのか、病院通いや買い物はどうしたらいいのか。プレハブの仮設に暮らしながら毎日消えることがない心配は、ひたすらに募るばかりです。その答えを私たちは見いだせていません。

県外避難の複雑な心境を語る母親たち、放射線の影響がどうなるのか慎重に見極めながら子供やお母さんと接するお医者さん、風評被害を吹き飛ばそうと汗をかきながら海外メディアの取材を受ける酒造会社の社長さん、いつか必ず福島の魚をお客さんにふるまうと誓う料理人、多感な時期に震災があったからこそ福島の未来を必死に考える高校生、そして原発事故収束に取り組む東電マンや関係企業の人たちにも会いました。新米知事の内堀雅雄さんも懸命に県内外を飛び回っています。誰にとっても毎日が3・11でしょう。

上野敬幸さん宅前は今年も4月になれば菜の花が満開になり、鯉のぼりがはためく
上野敬幸さん宅前は今年も4月になれば菜の花が満開になり、鯉のぼりがはためく

復興までは、まだまだ遠い道のりです。地域や立場、被害感情の違いを越えて、互いを気に掛け、いたわり合い、心を寄せ合う福島であってほしいと強く願います。

そして全国、全世界の皆さまへ。3・11から続く毎日を懸命に生きる人々に、より多くの心を寄せ、行動を続けてください。一人ひとりができることはささやかですが、それがたくさん集まり、継続されることに大きな意味があると思います。