福島から問い続ける-3高校生と知事の熱い対話

復興へ何ができるか、思いを語り合う高校生(12月15日、福島市のラジオ福島で)

総選挙が終わった翌日の12月15日夜、ラジオ福島のトーク番組「月曜Monday(もんだい)夜はこれから」で高校生3人と内堀雅雄知事の対談があると聞き、面白そうな予感がしてスタジオにおじゃましました。震災・原発事故後の福島の今とこれからを遠慮なしに語り合おうと、大和田新(あらた)アナウンサー(59歳)がさまざまなゲストを招いて毎週月曜日の夜に取り仕切る2時間の生放送です。予想通り、高校生はそれぞれに熱い思いをすさまじい迫力で語りました。大和田アナも、11月に就任したばかりの内堀知事もたじたじです。震災を体験したからこそ身に染みた、命と学びの大切さ。復興に必要なものは何か、3人の言葉には多くのヒントがあります。若き情熱をここに紹介したいと思います。

まずは知事へ意見表明。1番手は平商業高(いわき市)3年の白岩春奈さん(18歳)です。海から150メートルの自宅が津波の被害を受け、祖母宅に2カ月身を寄せました。出身中学校が避難所になり、何か手伝いがしたいなあともやもやしていたのが、今の活力になっているそうです。パリに本部があるOECD(経済協力開発機構)と福島大が協力して運営する復興教育プロジェクト「OECD東北スクール」に昨年から参加。今年の夏はパリで東北の魅力をアピールするイベントに出ました。地元いわきでは旅行会社の支援を受け、他県の高校生を被災地に案内するバスツアーを企画する活動派です。

学びの大切さを力説する白岩春奈さん
学びの大切さを力説する白岩春奈さん

「私が変わることができたのは人と出会い、いろいろなことを学んだからです。教育の中で得た経験を、自分自身の夢として次世代の子どもたちにつなげていきたいと思っています。震災で失ったものはたくさんあるけれど、震災があったおかげで実社会が正解ばかりではないことも分かりました。そこからの学びを生かして、未来に何が残せるかを考えていきたい。震災を知らない子どもたちが、社会とかかわって生きていくこと、社会のことを自分のことと考えられるような学びの仕事に将来は就きたいと思っています」

2番手は白岩さんの同級生、遠藤涼香さん(18歳)。3・11当日、母と車に乗っていて津波にのまれました。生と死のはざまで胸に刻まれた思いを多くの人に伝え続ける「語り部」として活動していきたいと考えています。

「車の窓が割れなかったから水が車内に入って来ず、偶然車体が防風林に挟まって、後部座席のドアを開けて脱出できたんです。車の屋根の上で、ああ私は死ぬんだ、家族ともっと話しておけばよかった、友達と顔を合わせておけばよかったって思いました。命って大切だなって。命は当たり前にあるんじゃないんだなって。今ようやくあのときのことを話せるようになったけど、直後は言葉も出なくて、パニックになって、記憶も失ったりしました。でも、たくさんの人と出会って話をしていくうちに、心が浄化されていったんです。人との出会いが語りにつながりました。あのときのことを思い出すのはつらいけど、津波がどれだけ恐ろしいか、命がどれだけ大切か、語り継いでいこうという決意は変わることはないと思います」

遠藤涼香さん。話をしながら涙がほおを伝いました。
遠藤涼香さん。話をしながら涙がほおを伝いました。

知事に向かって懸命に話すうち、遠藤さんの目から涙がこぼれ落ちました。自身の震災体験を人に話すことで「心が浄化されていった」というのです。壮絶な経験と、長く苦しい自分との対話を経てたどり着いた「浄化」という言葉。震災で傷ついた心を自らの力でこんな境地に昇華させた18歳に、ただ驚くばかりです。長崎で被爆者のお年寄りたちが語り部をしているのを見て、福島にもこれが必要だ、自らも発信していこうと使命を確信したそうです。

最後は男子。原町高(南相馬市)2年の中島穂高君(16歳)です。仲間たちと仮設住宅応援プロジェクトと題して、仮設でのイベントや高齢者の部屋の掃除を手伝っています。

仮設住宅のお年寄りを支援する中島穂高君
仮設住宅のお年寄りを支援する中島穂高君

「仮設で暮らす人たちは震災から4回目の冬を迎えました。自宅に帰りたい人もいれば、あきらめている人もいます。少しでも放射線量が低い地域は、早く住めるように環境整備をお願いします。県と国が連携して中間貯蔵施設を早く造って、市内のあちこちに山積みになっている除染の廃棄物を持って行ってほしい。ちょっと前に同級生が復興のダンプカーにひかれて亡くなる事故がありました。復興にかかわる車が増えている中で交通事故を一つでも減らせるよう、信号などの整備もお願いします」。整然と要望をまとめた、大人顔負けの陳情です。

内堀知事は原稿や手元の資料は一切持たず、番組に臨みました。

長野県出身の50歳。東大から自治省(現総務省)に入った元エリート官僚です。2001年に福島県庁に出向し、07年からは副知事を務めました。前知事の退任に伴い今年10月の知事選に立候補し初当選。長身で見た目は穏やかですが、長い福島暮らしで「身も心も福島とともにある」と熱いことを言います。今年2月、本欄に私が書いた「飯舘村・命のおにぎり」を偶然ネットで読んで「高橋さん、これぞ福島ですよ!」と副知事室から興奮して突然私の会社に電話してきました。そんな人です。

内堀雅雄知事
内堀雅雄知事

3人の高校生を真正面から見つめながら、知事は語りました。

「学校で黒板を見て勉強するのも大切な学びだけど、多くの人に出会って自分に響く何かを見つけるのもすてきな学びです。白岩さんは生きた学びを積み重ねてきていますね。きょうは学びというキーワードをいただきました。遠藤さんの体験は3・11そのもの。命を大切に思い続けるメッセージを、これからもずっと伝えてほしいし、語り続ける活動を行政としてもお手伝いしたい。中島君が言う中間貯蔵施設の問題は、矛盾をはらんでいます。大熊町、双葉町の建設予定地では、当たり前に暮らしていたご先祖様からの土地を奪われてしまうことになるし、一方で除染廃棄物を入れたフレコンバッグが県内各所で山積みになっていて、それをどこかへ持って行かない限り本当の意味で福島の復興は始まらない。この矛盾をぎりぎりどう調整するか、間に立つ県が何とか方向性を見いだしたい。3人からこれだけ直球をどんと受け止めたので、県政に生かしていかないといけませんね」

途中で遠藤さんが「話題は変わりますけど、初デートは何歳で、どこへ行きましたか」と厳しく切り込み、知事が「大学時代にディズニーランドへ、今の奥さんとは別の女性です」と思わず自白する脱線ハプニングもありました。1時間10分ほどの対話を終え、知事は「きょうは番組に出て、3人に会えて本当によかった」と言いながら公務のためスタジオを後にしました。

内堀知事と語り合う3人の高校生
内堀知事と語り合う3人の高校生

スタジオでやりとりを聞いていた詩人で高校教諭の和合亮一さん(46歳)は「すばらしい対談で、目頭が熱くなりました」と感激の様子でした。震災直後からツイッターに数々の詩を投稿し、福島の思いを全国へ世界へ発信し続けている人です。

詩で福島の思いを発信し続ける和合亮一さん
詩で福島の思いを発信し続ける和合亮一さん

「3人が話したことは、震災を経験した福島の高校生がみんな感じていることだと思う。自分たちが暮らしているこのふるさとで、地に足をつけて、自分の言葉で語ろうとしていること、どれだけ今の自分と向き合っているかも分かります。復興は若者たちの手の中にあります。3人が10倍、100倍と仲間を広げていけば革命が起きます。福島で暮らす私たちの直感を、あますことなく伝えていきましょう。そのために常に問いをし続ける。常に自分に発問し続ける。社会は答えが見つかることばかりじゃない。だからこそ質問し続ける力が必要になる。答えはないかもしれない。それでも問いを続けてほしい。そうすれば必ず誰かが手を差し伸べて答えを教えてくれる。一番大切なのは自分自身と友達。個人の問いと集団の問いと、それぞれを大事にしながら未来を開く絶対的な力を育てていってほしい」

ラジオ福島の大和田新アナウンサー
ラジオ福島の大和田新アナウンサー

台本も打ち合わせも何もないこんな番組がラジオで成り立つとは、すごいことだなと思います。対談を企画した大和田アナも「3人の言葉を大人へのメッセージだと受け止めて、私たちも頑張らないといけないね」と思いを新たにしたようです。私も全く同感です。みんなが福島の未来を一生懸命考えています。1人1人がそれぞれの立場で、やれることをやっていくだけです。