復興防潮堤で砂浜が消える-海は誰のものか

波打ち際ぎりぎりまで重機を入れて進められる防潮堤の工事(3月31日、いわき市)

東日本大震災の津波に襲われた福島県いわき市の沿岸部では、砂浜に大きく食い込んで防潮堤の建設工事が進められています。数えきれないほどの消波ブロックが砂浜や波打ち際に置かれ、寄せては引いていく波で大量の砂が削り取られて浜はどんどん浸食されています。海辺に立つと、波に洗われる足元で砂がえぐり取られていきますよね。あれと同じ作用です。復興、防災強化という大義名分の下、このまま巨額の公費を投じた防潮堤建設が続けば、美しい海岸線と海辺の多様な生態系が失われてしまいます。海は人間だけのものではありません。地球にいる生物すべての生きる源です。ここで一度立ち止まって考えてみませんか。

砂浜を埋め尽くす消波ブロック(3月31日、いわき市沼ノ内地区で中村靖治撮影)
砂浜を埋め尽くす消波ブロック(3月31日、いわき市沼ノ内地区で中村靖治撮影)

いわき市の豊間地区は、塩屋埼灯台の南側に弓なりの海岸線が広がる風光明媚な海沿いの町です。住宅とともに商店や民宿があり、震災前は釣りや海水浴、サーフィンのお客さんが県内外からたくさん来ていました。

津波でほとんどの建物は流されました。震災1年が過ぎた2012年夏ごろから、サーファーが戻り始めました。もちろん慰霊碑や海に手を合わせ、海岸の清掃活動もやりながらのマリンスポーツ再開です。実は私も波乗りの端くれで、豊間の海の恩恵に預かってきた一人です。

しかし、その豊間海岸の一番南の浜辺が最近おかしな状況なのです。もともとは堤防から階段を下りると砂浜が20メートルぐらいあり、波打ち際から先は岩礁が入り交じった遠浅の海底でした。ところが最近、砂が大量になくなり、波打ち際のラインが陸地にぐっと近くなりました。満潮時は堤防に波が直接当たり、砂浜が全くない状態です。砂に埋もれていた岩礁も、むき出しになっています。

豊間海岸では陸地の復旧工事は始まっていますが、砂浜はほぼ被災時のままです。塩屋埼灯台の北側にある沼ノ内地区には重機が何台も砂浜に入れられ、冒頭に書いたような工事が本格化しています。砂の浸食も激しいです。でも、まだ工事が入っていない豊間の砂浜がなぜ浸食されているのか、周辺の工事と関係があるのかは分かりません。堤防や護岸、港湾施設といった巨大な人工構造物が海岸浸食の原因になっているという指摘は昔から全国各地でありますが、因果関係の証明が難しく、それこそ海に聞かないと分からないということにされがちでした。そこが行政と自然保護の立場の人たちとの対立点になっています。

砂浜に重機が入り込んだ風景は美しくありません(3月31日、いわき市夏井地区で中村撮影)
砂浜に重機が入り込んだ風景は美しくありません(3月31日、いわき市夏井地区で中村撮影)

沼ノ内でサーフショップを営む小林祐一朗さん(51歳)は、地元の有志でつくる「いわき市海岸保全を考える会」の代表です。長年いわきの海を見つめ、愛してきました。海水や海砂を定期的に放射性物質検査に出し、自らも内部被ばく検査を受けて、東京電力福島第1原発事故後のいわきの海の安全を体を張って証明してきた人です。「このまま巨大な防潮堤があちこちにできてしまうと、人が海に近づけなくなるし、近づかなくなってしまう。人と海の交わりがなくなると、海沿いの民宿やお店は商売が難しくなるし、人間と海が織りなしてきた文化が廃れる。海から陸へつながる一体的な生態系は壊れ、砂浜もなくなっちゃう。いいことは何もありません。非常にまずい状況です」と話します。

小林祐一朗さん
小林祐一朗さん

「でもねえ、俺たちが建設事務所に行って工事のことをいろいろ尋ねようとすると、ものすごく嫌な顔されるんですよねえ。困ったもんです」。笑顔でそう言いますが、小林さんの嘆きは深いです。

太平洋に面した福島県の沿岸は、北は新地・相馬から南はいわきまで総延長が138キロあります。とりわけ相馬地方といわき地方は随所に長い砂浜が広がり、それぞれ地元の人たちは海岸線の美しさを誇りにしてきました。原発がある中部の双葉地方は海岸線まで丘陵が迫り、高さ20~30メートルの断崖が続いています。でも崖下の部分部分にも、ほとんど人の手が付けられていない美しい砂浜がたくさんあります。

今回の大震災で、海沿いの防潮堤はことごとく壊されました。県によりますと、元の防潮堤は海側だけが強固なつくりで、いわば波を食い止める発想でした。陸地まで大きく乗り越えた今回の津波では、多くの防潮堤が陸から海に向かって倒れていました。押し寄せた大量の海水が引いていくときに、そもそも強く造っていなかった堤防の陸地側が根こそぎやられ、壊れたのです。

現在やっている工事は防潮堤の新設ではなく、壊れたものの造り直しという位置付けだそうです。(1)基準海面から6・2メートルだった防潮堤の高さを7・2メートル(一部は8・7メートル)にかさ上げする(2)海沿いに防災緑地を造る(3)市街地を高台に再整備する-が計画の基本で、これまで防潮堤だけだった海際の防御ラインを「多重防御」にすると県のパンフレットには書かれています。

防潮堤は基本的に震災前より1メートルかさ上げされる(3月31日、沼ノ内地区で中村靖治撮影)
防潮堤は基本的に震災前より1メートルかさ上げされる(3月31日、沼ノ内地区で中村靖治撮影)

いま建設中の防潮堤は海側も陸側も粘り強い構造に設計されているそうです。高さも増しますから、前より大きな構造物になってしまうのは必然ですね。

東北の被災地で進む防潮堤建設には自然環境面で大きな問題があるとして、公益財団法人日本自然保護協会(東京)は昨年2月、国に意見書を出しました。協会の主な指摘は次の通りです。

1、海と陸の自然環境上のつながりが分断される

2、海岸の希少な生態系が壊される

3、環境アセスメントがなされていない

4、海岸の浸食が悪化する

5、防潮堤ありきで代替案の検討がない

6、地域住民の合意形成がない

7、人と海が分断され、海にかかわる地域知や伝統文化が消える

確かに迅速な復興を名目に、アセスも住民説明会もなしで防潮堤建設はどんどん進んでいます。協会の指摘はいずれも的を射ていると私は思いますが、これまでのところ国から特段の反応はなく、復興政策にも反映されていません。

協会の志村智子保護研究部長は「巨大な防潮堤が優先され、住宅の再建が後回しになっている不満や、高さのかさ上げで海が見えなくなる不安を訴える住民がいます。あまりにも大きかった津波被害に遠慮して、防潮堤工事に異を唱えられない雰囲気もありました。海岸の状況や地域住民の考えは浜、浜によって違います。霞が関でつくった一律な建設計画を拙速に推し進めるだけでは、環境面で取り返しのつかない大きな禍根を残すことになります」と話しています。

中央官庁の官僚や被災各地の公務員は、それぞれの職務の中で一生懸命考え、財源をやりくりして、津波で甚大な被害を受けた被災地の復興を進めようとしていると思います。各地の現場でも役所の技官やゼネコンの技術者が、防災に役立つ立派なものを造ろうと汗をかいています。記者として第三者的に見ていて、この手の話で困るのは、土木の現場の人たちと自然保護を訴える人たちの話が悲劇的に全くかみ合わないことです。「自然保護運動家が横やりを入れてきて、仕事の邪魔をして困る」と、職務に忠実で真面目な行政マンほど聞く耳を持たないことが多々あります。

既に完成した防潮堤もある(3月31日、いわき市夏井地区で中村撮影)
既に完成した防潮堤もある(3月31日、いわき市夏井地区で中村撮影)

日本はそもそも海洋国家です。古来人々は海と密接なつながりを持ちながら生きてきました。確かにとてつもなく恐ろしい津波災害ではありました。でも海に畏敬の念を抱き、多様な生態系を守りながら、災害時の被害を最小限にする努力を改めてやっていこうという目標は、震災後を生きる私たちに共通のものだと思います。批判と対立だけでは何も生まれません。さまざまな立場からさまざまに意見を交わし合いながら、海沿いの被災地をよりよき地域に再生していきましょうということです。

縦割り意識で自分の職務だけ見がちな役所組織に横ぐしを入れて、防災と環境保全の両面で復興政策を練り直すことができるのは、トータルな政治判断ができるトップの方々でありましょう。環境、国土交通、農水、復興各省庁の大臣、副大臣、政務官、そして岩手、宮城、福島など被災各県の知事、副知事の皆さん、ぜひお願いします。地域地域、立場立場の英知を結集して、地球の財産である海を壊さない復興事業へと少しでも軌道修正をしていただけませんでしょうか。

まだやり直しはきくと思います。このままでは次世代に申し訳が立ちません。伏してお願い申し上げます。