福島の子供たちによき未来を

相馬高校生に現代国語を教える代々木ゼミナール講師の藤井健志さん

3月1日、福島県立相馬高校(相馬市)の卒業式に、東大医科学研究所の上昌広特任教授(45歳)と藤井健志代々木ゼミナール講師(44歳)の姿がありました。来賓として招かれたのです。県立高の卒業式に東大教授と予備校の先生が来賓で出るなんて、極めて珍しいことだと思います。2人は東日本大震災以降、教育支援で相馬高を何度も訪れている外部講師陣の中核メンバー。藤井さんは3年連続の来賓です。震災直後に入学し、青春の3年間を過ごした卒業生にとっては恩師でもあります。

始まりは1通のメールでした。震災・原発事故の発生から3週間近くたった2011年3月30日、東大経済学部の松井彰彦教授(51歳)から相馬高の松村茂郎教諭(53歳、現福島高)に「何かお力になれることはありませんか」とメールが届きました。相馬高は科学技術や理数教育を重点とする文部科学省のスーパーサイエンスハイスクールに指定されていて、生徒の研修先として09年から松井さんと親交がありました。

当時は先生も生徒も避難で散り散りになっていた混乱期で、学校に集まるどころではありません。松井さんは「何人でも何日でもいいから、生徒たちを東京に呼びたい。気分転換のつもりで来ませんか」と提案しました。松村さんはメールで生徒たちに参加希望を募りました。4月中旬、42人がバスで東京に行き、松井さんやゼミの学生たちと語り合いました。

相馬高で講義をする東大教授の松井彰彦さん
相馬高で講義をする東大教授の松井彰彦さん

松井さんの動きをツイッターで知ったのが東大OBの藤井さんです。上さんはもともと松井さんの研究仲間で、医療界だけでなく各方面に幅広い人脈を持ちます。既に相馬や南相馬で医療支援を始めていました。上さんと藤井さんは東大剣道部で1年違いの先輩後輩でした。人のつながりが一気に有機的展開を始めました。「福島の未来を担う人材を育てよう」を合言葉に、教育からスポーツまでさまざまな分野のスペシャリストが特別講義や交流会で相馬を訪れるようになったのです。福島高などほかの学校にも支援の輪は広がりました。上さんの出身校・灘高(神戸市)や松井ゼミとも、生徒や学生が頻繁に行き来しています。

こうした教育支援には、どんな効果があるのでしょうか。「トップレベルの人たちから受ける刺激の度合いが違う」と福島側の先生たちは口をそろえます。

松井さんやゼミ生は、さすがの東大。それぞれに自分なりの勉強スタイルを持っていて、受験テクニックだけではなく、いかに主体的に学ぶかを教えてくれます。藤井さんは現代国語を教えるプロの予備校講師です。授業の面白さ、ぐっと引きつける話力は高校の先生たちも感動するほど。ほかにも、文系、理系各分野の専門家やトップアスリートら、地方にいるだけでは会うことのない年上の人たちと触れ合うことで、生徒たちには「自分も将来はこんな大人になりたい」という気持ちが芽生えました。

松井ゼミの現役東大生(左)から添削を受ける相馬高校生
松井ゼミの現役東大生(左)から添削を受ける相馬高校生

支援する側にも、生徒たちとの師弟関係に加え、先生方や地元の人たちとの人間関係が深まり、新たな強い気持ちが生まれました。「この関係を続けたい」と。何度も福島に来る、新たな仲間を連れてくる。支援はいつしか強固な心のつながりになっていきました。

藤井さんは家族を連れて相馬に来ることもあります。相馬高で講義をするかたわら、同校剣道部の稽古にたびたび参加。自分の学生時代に大学ナンバーワンだった鍋山隆弘筑波大准教授(剣道部監督)を連れてきて、トップレベルの技に触れてもらったこともあります。「相馬に来ることは今や生活の一部。僕自身の人生にとっても、いい刺激になっています」と藤井さん。ある卒業生は「震災というつらい経験で始まった縁でしたが、震災がなければなかったこの素晴らしい経験と出会いに感謝します」と色紙に書いて、巣立っていきました。

相馬高剣道部の卒業生と藤井健志さん(前列左端)、上昌広さん(同左から2人目)
相馬高剣道部の卒業生と藤井健志さん(前列左端)、上昌広さん(同左から2人目)

相馬高からは昨年春、1人の男子生徒が東大に合格しました。12年ぶりだそうです。この生徒は長い休みには必ず相馬に帰ってきて、後輩たちと対話しています。ほかに教育支援を受けて各地の大学に進んだ卒業生も、母校で開かれる支援プログラムに参加するようになっています。

「子供たちをいかに成長させるか、地元の先生たちも本当に頑張って、真剣に議論しています。やればできるという気運が生まれ、地域全体に自信がついてきたように感じています」。震災後の3年間、医師として医療面と教育面で相馬地域を見つめ続けてきた上さんは、そう手応えを話します。

福島の若者が国内外に出て行ってさまざまに知見を高め、福島に戻って地域の復興を担い、新たな人材を育てる。そんなサイクルが将来出来上がっていくことを、大人たちはみな期待しています。多少の時間はかかるでしょうが、必ずその時が来ると私も信じています。