原発事故の後始末

福島県内各地で除染のごみが山積みされている(撮影・中村靖治)

原発事故のごみは、どこに捨てたらよいのでしょうか。

福島県内の各地で除染が続いています。東京電力福島第1原発事故で大気中に放出され、降り注いだ放射性物質を取り除く作業です。地面の土をはがす、側溝の泥を取る、落ち葉をかき集める、木の枝葉を切り落とす、屋根瓦をペーパータオルでふく。作業はきわめてシンプルです。大手ゼネコンが請け負い、下請けの作業員が大量に動員されて、学校や公園、住宅、農地、宅地に近い林、道路、河川敷、いたるところでやっています。

重機で土の表面をはがす除染作業(福島県楢葉町で、撮影・中村靖治)
重機で土の表面をはがす除染作業(福島県楢葉町で、撮影・中村靖治)

私も福島市で除染ボランティアに参加したことがありますが、土や落ち葉をはがすと放射線量は一定程度下がります。ゼロにはなりません。ただ、少しでも線量は下がったほうがいいですから、こうした除染を地道にやっていくことは必要だと実感します。

集めた土や落ち葉、枝は除染廃棄物として白や黒の大きな袋(フレコンバッグ)に入れられます。原発事故で発生した大量のごみが入った袋は今、福島県内のあちこちに山積みになっています。持って行く場がないからです。公有地を仮置き場として集積しているところもありますが、多くの住宅では庭に袋を積み重ねてシートをかぶせたり、敷地内の地中に埋めたりしています。行政はこれを「現場保管」と称します。住民から言わせれば「放置」ですが。

大量の除染廃棄物が出ることは原発事故直後から想定されたことですから、当時の民主党政権は「中間貯蔵施設を福島県内に置かせてほしい」と要請しました。最終処分をどこでどうするかは何も決まらない中、とりあえず中間的に貯蔵する施設を造って、福島県内で出た除染廃棄物を安全に管理、保管させてほしいということでした。中間貯蔵を開始して30年以内には福島県外へ運び出し、最終処分を完了するとも約束しました。

海沿いの津波被災地が急造の仮置き場になっている(楢葉町で、撮影・中村靖治)
海沿いの津波被災地が急造の仮置き場になっている(楢葉町で、撮影・中村靖治)

そもそも日本の原発政策は、使い終えた核燃料をどう最終処分するのかを決めないまま推進されました。原発のごみを捨てる場所がないのですから、原発事故のごみを捨てる場所の想定もなかったのは、ある意味当然でした。しかし福島で起きた原発事故だからといって、除染のごみも福島に貯蔵されるのが当然とは言えません。

福島に東京電力の原発ができたのは高度成長期の国策でした。もちろん地元の町や村が建設を受け入れ、さまざまな交付金や税収で潤った蜜月が長く続いたことも事実です。雇用の場も広がりました。一方で、福島の原発で作った電気を使い続けてきたのは東京を中心とした首都圏の東電契約者でもあります。福島は東北電力の管内ですから、東電の電気は使っていません。電気の受益者として、首都圏でも原発事故のごみを分担して受け入れるべきだという考え方があってしかるべきだと思います。日米安保の恩恵は日本国民全体が受けているのだから、沖縄だけに米軍基地負担を強いるべきではないという考えと根底は同じです。

国策に協力して首都圏に電気を送り続けた末に原発事故に遭い、3年近くになる避難暮らしで大変な苦難を強いられていますが、原発に近い地域の人ほど「ずっと一緒に生きてきたし、お世話になったから」と東電や原発のことをあしざまに言うことはありません。雪深い会津地方の仮設住宅で、高齢の女性が「うちの町で出た除染のごみは、うちの町で処分しなきゃなんねえ」と話しているのを聞くと「おばあちゃん、家庭ごみや粗大ごみとは事の性質が違うんだよ」と思わず言ってあげたくなります。そういう穏やかでつつましい気質の地域です。

中間貯蔵施設の問題も知事や地元の首長から強い拒絶は出ず、最新の状況では、放射線量が高く帰還困難区域に指定されている双葉、大熊両町の土地を国が買い取るか借地権を設定して、2カ所建設することを県側が提案し、環境省や関係自治体を交えた話し合いが進められています。

心配なことはたくさんあります。廃棄物は30年後、本当に福島県外に運び出されて最終処分されるのでしょうか。安倍晋三首相も生きているかどうか分からないそんな先のことを、誰が保証してくれるのでしょうか。それに、まだ国内には存在しない最終処分場はどこに建設されるのでしょう。中間貯蔵施設があるから最終処分場も福島に造ればいい、ということにはならないでしょうか。除染廃棄物も国内の原発で使った核燃料も、すべて福島で最終処分すればいいということにつながらないでしょうか。それこそ日本の原発の後始末をすべて福島に押しつけることになってしまいます。米軍基地を沖縄に押しつけてきた構図と同じに見えます。

楢葉町は避難住民の早期帰還を目指している
楢葉町は避難住民の早期帰還を目指している

福島の人々はこうした懸念を決して声高には叫びません。避難先から元の町に戻って暮らす、あるいは今住んでいる地域で安心して生活を続けるためには、まずは除染をきちんとやって放射線量を下げなければなりません。フレコンバッグの山積みを解消するために、中間貯蔵施設もどこかに造らないといけないと思っています。震災がれきでさえ他県で受け入れてもらえないのに、除染廃棄物を県外に運び出すなんて許されるはずがない。復旧・復興を少しでも進めていくために、現実的には福島の中で解決していくしかない-。濃淡はあるでしょうが、多くの福島の人たちがそんな心情なのだろうと推察しています。

中間貯蔵施設の問題は全国的には大きく報道されませんが、こんな根っこがあることを知ってもらいたく、つらつらと書きました。民主党から自民党に政権が代わり、事故から月日が流れる中で「それは民主党政権時代のことだから」「原発政策を推し進めてきたのは自民党だ」と、どうも最近は原発事故に関する責任の所在があいまいになっている危機感を私自身は持っています。原発事故の後始末を福島だけに押しつけることにならないよう、皆さんも注視し続けてください。