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「中国のシリコンバレー」ではなく「中国とシリコンバレー」を考える

高口康太ジャーナリスト、翻訳家
写真は広東省深セン市。(写真:アフロ)

「できたらでいいんだけどさ、このガジェットを紹介してくれない?」

中国のメッセージアプリ「ウィーチャット」で突然、知人から連絡が入った。メッセージに続いて送られてきたのは次の画像だ。

NexDock2
NexDock2

このNexDock2は、サムスンやファーウェイのスマホをノートパソコンのように使えるというガジェットだ。現在、Kickstarterでクラウドファンディングを行っている。

サムスン、ファーウェイのスマホにはデスクトップモードという機能が搭載されていて、ディスプレイやキーボード、マウスをつなぐとパソコンのような使い勝手で操作することができる。とはいえ、スマホにあれこれ接続するのは面倒なので、あまり使っている人の話は聞かない。

かくいう私もファーウェイのスマートフォンを持っているのに、面倒くさくて一度試しただけで終わってしまった。NexDock2はディスプレイ、キーボード、マウスがセットになっているので、USB-Cケーブルでスマホと接続すればすぐに使える点がありがたい。またSDカードリーダーやUSBポート、HDMIポートもついているので、USB-Cハブとしても使える。ただしかなりでっかいが。私は完成品を手にしたことはないが、試作段階で触った時にはかなりキビキビと動作するのが好感をもてた。

私はガジェットライターではないのでこうした紹介をすることはないのだが、今回はバックボーンが面白すぎるので取りあげることにした。NexDock2を開発した企業「Nex Computer」は米国カリフォルニア州の企業で、公式サイトを見ても中国らしさはかけらも見えない。それなのに、なぜ中国の知人から連絡が入ったかというと、実はこのガジェットの設計を担当したのが中国人だからだ。

■中国知財の3つのレイヤー「プレモダン、モダン、ポストモダン」

呉[火華]彬(ロビン・ウー)。1983年生まれ。深セン在住の企業家、発明家だ。2010年、初代iPadが発売された後、わずか60日でそっくりのタブレットを開発、発売したことから、その超高速の仕事ぶりに「コピーキング」との異名をつけられた。というと、海賊版ばかり作っているようなイメージになってしまうが、世界最速でオリジナルのスティック・パソコンを発売したのも彼のブランド「MeeGoPad」だし、他にもARグラスやカーナビなどオリジナル製品も多数手がけている。最近では深セン大学でメイカー教育の授業を受け持っているほか、受注開発もいろいろ受けている。先日会った時はNexDock2の試作品を見せてもらったほか、「iQOSの互換品を作って欲しいという依頼が来たんだけど、販売価格が安くて利幅が小さいガジェットなので、いまいちやる気がわかない」などと言っていた。

梶谷懐『中国経済講義 統計の信頼性から成長のゆくえまで』(中公新書、2018年)では、「中国の知的財産をめぐる3つのレイヤー」について提起している。知的財産まったく無視のプレモダン層、特許によって自社技術を守るモダン層、そして、自らの独自技術を隠し持つのではなく積極的に開放することによって、他者との協力を促し、技術開発のスピードを加速させるオープンイノベーションの担い手であるポストモダン層だ。

梶谷の問題提起に対して、メイカームーブメントや深センのテックについて詳しい高須正和は次のように指摘している。この3つのレイヤーは別々の個人、企業が担っているのではない。ある企業、個人が「今回はプレモダン型のほうが効率的だ」「ここは特許でがっちり守る」「ここはオープンのほうがいい」と使い分けているのではないか、と。

(「技術伝播の仕組みと「三つの層」の関係について。」梶ピエールのブログを参照)

この使い分けで、ロビン・ウーは典型例と言えるのではないか。「世界最速のiPadもどき」というプレモダン層的手法で名を挙げ、スティック・パソコンではオリジナルブランドを展開し、そして米企業の開発に参画して米中をまたぐオープンイノベーションをも担っている。

■「中国のシリコンバレー」よりも面白い「中国とシリコンバレー」

米中をまたぐ協力体制について、高須は著書『メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない。』(Impress R&D、2016年)で次のように述べている。

深センは世界の製造業の中心地であり、メイカーズの花形とされるハードウェア・スタートアップの製品は、多くが深センで小規模量産されている。世界中、ほとんどはアメリカ西海岸のシリコンバレーから訪れたメイカーたちが、数カ月にわたって深センに泊まり込み、量産とプロトタイプを繰り返しているわけだ。シリコンバレーと深センは、どちらが欠けても成立しない生態系を成している。

出典:メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない。

ハードウェア・スタートアップの生態系(エコシステム)について、深センと中国は一体というわけだ。ここ1~2年、日本メディアではちょっとした深センブームが起きているが、その際「ハードウェアのシリコンバレー」とか「中国のシリコンバレー」と紹介されることも多い(私もちょくちょく使っている)が、「シリコンバレーと深センでは違うのではないか」と批判されることもある。「東洋のハワイ」「東洋のベネチア」が乱立していることを考えれば、「**のシリコンバレー」という表現にそんなに目くじらを立てる必要はないのではとも思う。

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*写真は深セン市の博物館「デザイン・ソサイエティ」で販売されているグッズの一つ。「中国硅谷」(中国のシリコンバレー)と書かれた磁石(写真上)。筆者撮影。

ただ「中国のシリコンバレー」という表現よりも、「中国とシリコンバレー」あるいは「深センとシリコンバレー」のほうが魅惑的なコンセプトであることは確かだ。シリコンバレーから生み出される、さまざまな魅力的なプロダクト。その裏側には中国とのつながり、しかもプレモダン層を含めたいかがわしいモノまでも込められていることを示しているからだ。

ジャーナリスト、翻訳家

ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。中国の経済、企業、社会、そして在日中国人社会など幅広く取材し、『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』『Wedge』など各誌に寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。

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